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南雲明彦氏インタビュー

2009年8月26日に、南雲明彦さんのこれまでの人生を綴った「僕は、字が読めない。〜読字障害と戦いつづけた南雲明彦の24年」(著者/小菅 宏氏 出版社/集英社インターナショナル)が発売されました。

今回は発売を前に、南雲さんに、この本について、そして、講演活動について、お話を聞かせていただきました。

「御忙しい中、システムブレーンにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
早速ですが、本日は、発売間近の「僕は、字が読めない。〜読字障害と戦いつづけた南雲明彦の24年」(集英社インターナショナル)について、少しお話をお聞きできればと思います。
まずは、ご自身のことが綴られた本が、もうすぐ出版される今のお気持ちをお聞かせください。」
「どことなく気恥ずかしい気持ちと、自分自身がメッセージの発信源となることへの期待が微妙に入り混じっているという感じでしょうか。」
「なるほど。いま、南雲さんはメッセージの発信源という表現を使われましたが、この本の企画の話を最初に聞かれたとき、どこへ向けてメッセージを発信することを想定されましたか?」
「最初は、正直なところ、「誰に」とか「どこに」ということは、そこまで深く考えなかったのですが、今から考えれば、やはり、自分自身と年齢的に近い「同世代」に対して、メッセージを発信するという気持ちは強かったのかも知れませんね。」
「南雲さんは、現在、24歳ですよね。つまり、20代の若者達へのメッセージを意識されたということになりますか?」
「僕自身もそういうところがあると思うのですが、若い人達って、なかなか物事の本質を見ようとしないところがあるんじゃないかと思うんですね。
僕のように「字が読めない」という障害だけではなく、世の中には、いろんな障害と一緒に生きている人がたくさんいます。そういう人と向き合ったときに、若者は、ついつい「かわいそう」だとか「支えてあげなければいけない」とかいう感情が先に出るんです。そして、若さゆえに、その感情を相手に対して素直に表に出してしまうんです。
でも、本当は「相手がどうして欲しいのか」「この人の為に自分は何ができるのか」という思考が生まれなければならないと僕は思うんですね。
これは同世代の自分自身への自戒も込めての話なんですが、今の若者は、あまりにも人と向き合うことに慣れていないんです。ネットやメディアという仮想世界の中ではコミュニティが作れても、生身の人間と向き合ったとたんに、それが出来なくなる人が多いんじゃないでしょうか。
だから、大袈裟かも知れませんが、「世の中にはこういう障害もあるんだよ」ということを知ってもらい、実際に障害を抱えている人間が「どういうことで苦しんだのか」を理解することによって、人と人とのつながりの本質の部分を考えてもらえるきっかけになればいいなと思っています。」
「よくわかるお話ですね。
たしかに、現代社会においては、若い人達だけじゃなく、ちゃんと人と向き合い、心を通わせるコミュニケーションが取れない大人が増えているのかも知れません。
そういう見方で、この本に入っていくと、読む側にも、いろんな気づきがあるでしょうね。」
「まず、相手のことを知り、理解して、その上に友情や愛情、信頼というものが築かれるような世の中になって欲しいです。」
「友情や愛情ということで言えば、この本には、南雲さんのこれまでの人生に関ったいろんな人が登場しますね。」
「基本的には、この本の骨格となっているのは、私の母の日記なんです。だから、母なしには、この本は成立しませんし、実際に僕と関った人達のことも、ほとんど実名で書かれています。」
「実名を出す、もしくは、知っている人が読めばすぐにわかるような表現を使うというのは、南雲さんにとって、勇気のいることだったんじゃないですか?」
「そりゃ、もう、とても勇気のいることでした。
僕のことを綴った本が出たことによって、誰かを傷つけたり、誰かに不快な思いをさせてしまったらどうしようという部分で、すごく悩みましたし、実は、今もこのことは不安に感じています。
でも、僕自身は、この本の中で、誰のことも責めていないし、誰のことも恨んでいないんです。もちろん、自分自身つらかったことはたくさんありましたが、僕の周囲の人達ほとんどが「知らなかった」わけですから、仕方がないことなんです。そういうことが、きちんとこの本の中から伝わってくれたらいいな、と今は心から願っています。」
「そうですよね。「周囲の人は知らなかった」という事実は、この本の中ではとても大きな鍵になっていますからね。
では、逆に一番身近な存在だった南雲さんのお母様は、この本の出版について、何かおっしゃっていましたか?」
「母は、「恥ずかしいね」って言っていましたね。
ただ、僕自身、この本の著者の小菅宏さんと内容について話し合ったり、取材を受けたりしていく中で、あらためて、母の日記を読み直しました。その中で、ひょっとしたら僕自身以上に家族は大変だったのかも知れないと感じました。そして、心からここまで育て、支えてくれた家族に対して感謝の気持ちをあらたにしましたね。」


「この本の出版が南雲さんにとって、親子の関係を深めるというか、一歩前に進めるきっかけになったということも言えるということでしょうか?」
「それはありますね。
とくに、母とは以前よりも、いろんなことを素直に話せるようになりましたし、とても素直に感謝の気持ちを表現できるようになりました。これは、僕自身にとっては、とても大きな「良い変化」ですね。
以前から、勿論、母にはとても感謝していたのですが、どことなく照れくさくて、それを素直に伝えることができなかったところがあったんです。でも、今は、そういう壁をクリアできたような感じですね。」
「ここから、少し話題を変えさせていただきます。
今、南雲さんは、講演という形でメッセージを発信するという活動もされていますが、講演活動についても少しお話を聞かせてください。」
「本を出すことや、メディアに出ることによって、自分のメッセージを発信していくということは、短い時間で数多くの人に対して、それを届けることができるということで、とても意義のあることだと思うのですが、ただ、受け手の反応が僕にはダイレクトに伝わってこないんです。だから、「ちゃんと伝わっているのだろうか」という不安はありますし、同時に、ダイレクトに自分に返ってこないことに対するヘンな安心感もあったりするんです。
でも、講演は、全く逆なんですよね。
講演時間の中でメッセージを伝えることができる人数は限られていますが、受け手の反応はダイレクトに自分自身に返ってきます。だからこそ、やりがいがあるんです。そして、その反面、講演がスタートするまでは「今日の講演で、ちゃんと自分の伝えたいことが伝わるんだろうか」という不安は常にあります。でも、その不安こそが、聴講していただく皆さんに「もっと伝わるにはどうすればいいのか」ということを考える原動力になっているんだと、今は考えています。」
「南雲さんは、ご自身の講演の中で、「何を」伝えようとされていますか?」
「まずは、この本で伝えたかったことと同じ部分なのですが、「こういう障害もあるんです」ということを一人でも多くの方に知っていただき、理解していただきたい、という思いはあります。
そして、実際の僕自身の経験を語ることによって、聴講していただいた方が、会場を出るときには、「よし!生きていこう!」とか「いろいろ大変なこともあるけど、生きていけるさ」というような気持ちになって下さったら、僕が講演活動をしている意味があるんじゃないかと、今は考えています。」
「これまでの講演の中で、思い出に残っている講演はありますか?」
「今は、毎回全力投球なので、あまり「思い出」というような言葉で語れるものは、まだ無いのですが、その中でも、地元の新潟でお招きいただいた講演は、感慨深いものがありました。
その会場には、僕の同級生や、お世話になった先生も聴講に来てくれていたんです。だから、いつもの講演よりも緊張しましたし、こういうことを語ることで、折角、ここに来てくれたこの人達を傷つけてしまうんじゃないか、という不安もありました。
ただ、講演が終った後、同級生から「全然知らなかった・・・ごめんな」という声をかけられたり、副担任だった先生から「南雲、お前、大変な思いで学校に来てたんだな。先生は全然気づいてやれなかった。悪かったな」という声をかけられたり。
僕自身は、本当に先生や同級生を責める気持ちなんて全然無かったのですが、相手には、僕の言葉がどのように届くのかがわからず、本当に不安でした。
だから、あの講演の後、同級生や先生と話したときに、正直ほっとしたと同時に、こういう活動が、やっぱり必要なんだということをあらためて強く感じることができました。」
「南雲さんの中で、ひとつの壁を越えることができた講演だったということですね。」
「そうですね。だからと言って、講演によって急激に何かを変えていきたいとは思っていません。もちろん、もっと特別支援教育に力を入れる体制を整備して欲しいという思いはあります。でも、今は、それよりも、少しずつでもいいので、僕のメッセージに耳を傾けてくれる人が増えて、少しずつでもいいので広がってくれたらいいなと思っています。それが、今、僕ができることだし、僕がやらなければならないことだと考えています。」
「ありがとうございました。
私たちシステムブレーンとしても、是非、一緒に南雲さんの思いを広げていくことができればと感じました。
本日は、御忙しい中、長時間、本当にありがとうございました。」

「僕は、字が読めない」
著:小菅宏 モデル:南雲 明彦

目次

まえがき
・ディスレクシアは「病」なのか、「障害」なのか
・文字の読み書きが不可欠とされる現代社会
・「LD」と向き合う姿勢
・「肩書きをくれ」をいう叫び

序章 南雲明彦の告白
・「ディスレクシア」と知った日
・失敗ばかりの就業経験
・「自分は汚れている」
・「他人の視線が気になる」
・「空間認知の欠陥」
・「あなただけが特別な存在ではない」

第一章『母と息子の「509日」』
・ステージ1、不登校、入院、そして自殺未遂
・ステージ2、強迫観念と苛立ちの日々
・ステージ3、現実という「厚い壁」

第二章「無知と誤解」との日々
・引きこもりの果てのキャバクラ通い
・気に染まぬセックス
・読めないラブレター
・強迫観念との戦い
・触れ合えない悲しみ
・「他人の視線」の恐怖
・増えていく火傷の痕
・「行動しなければ」との思い
・勇気をもらった一言
・中学・高校の写真がない理由
・大荒れの成人式
・歌舞伎町での「社会経験」

第三章「差別」と家族の肖像
・「常に笑っている子」の裏の理由
・母と子の「ノート作り」
・短期記憶ができないために・・・
・事実を知ってほしい自分と知られたくない自分と
・忘れられぬ「恩人」との出会い
・冬のスキー体験は最大の喜び
・無口な父の背中
・父の真相
・父母の会話
・消えた母の笑顔
・母の慈愛に答えられない
・兄・利明の静かなスタンスに感謝
・胸に残る兄の一言
・天職を得た妹に

第四章「告白」と「共生」について
・「カミングアウト」した真相
・独り暮らしで気がついたこと
・両親の会話で心が開ける
・前向きになれた助言
・何かの手助けになりたい
・復活した自傷行為の果て
・2008年6月8日の事件
・ある女性との「共生」
・「合図(サイン)」を送りつづける真意
・「共生すること」の願い

附章 南雲明彦さんから私たちがもらったもの

あとがき




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