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| 八杉康夫プロフィール | |
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太平洋戦争末期の1945年、戦艦「大和」で沖縄に出撃。米軍機の大群に襲われ、奇跡的生還者276名(3009名中)のうちの1人。同年8月には、陸戦隊班長として原爆投下翌日の広島に入り被爆した。原爆症を抱えながら“戦争の実相を語り、平和・命の尊さを伝える”ために奔走中。
■職歴・経歴 1927年広島県福山市生まれ。1941年、旧制中学在学中に大東亜戦争勃発。 1943年に海軍少年兵を志願し、15歳で海兵団に入団。 1945年に戦艦大和乗組員となる。 同年4月6日、米軍から沖縄を奪回するため出撃し、翌7日に延べ1000機を超す米軍艦載機の波状攻撃を受け、爆発沈没した。 「帝国軍人として国のために死ね」と指導し続けた上官に、「若者には未来がある。頑張って生き続けろ。」と身を犠牲にして救けられる。長い漂流の末に奇跡的に生還。 その後、母港の広島・呉に帰還し、本土決戦部隊に転属、原爆投下直後の広島の救援活動に入り被爆。 1955年頃から戦艦大和の資料集めに奔走。 1980年、第1次戦艦大和探索を開始。 1985年の第4次探索で海底の大和の全貌映像化に成功。 戦後50年の頃から乗艦体験を語り始める。次々に無残な最期を遂げた“地獄の世界”を語るのはあまりに辛いが、少年犯罪が氾濫する現代社会に対して「生命の尊厳」を語る責務を痛感。 戦争を繰り返す人間の愚かさを語り、地域社会・学校・家庭教育において、真のモラルや真の自由・平等について教育放棄した功罪を訴える。凶悪犯罪が氾濫し、享楽と平和を取り違えているかのような現代社会に確かな一石を投じる。 ■著書 『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』(ワック) ■DVD 『戦艦大和の最期 乗組員八杉康夫の証言』(ワック) |
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