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タイトル
結 純子ひとり芝居『地面の底がぬけたんです』
〜あるハンセン病女性の不屈の生涯〜
結 純子(ゆいじゅんこ)/舞台俳優
講師:結 純子のプロフィール

■ コンセプト/メッセージ
18歳でハンセン病に見舞われた女性の衝撃を見事に描いたひとり芝居。手足の指を次々に失い、一晩で視力をなくした藤本としさんの生涯を女優の結純子が独演します。苦難に次ぐ苦難の生涯。でもそこに恨みつらみは語られません。苦難を突き抜けた人が語る言葉は重く、しかし実にさわやかです。ヘンセン病への理解を深め、患者・元患者の人権回復の一助になればと願い、全国で演じ続けています。
■ 内容
◎原作:『地面の底がぬけたんです』藤本とし(思想の科学社刊)
◎舞台は最もシンプルなかたちで、大道具などはいっさい使いません。照明と効果音だけを用い、女優の結純子がみずみずしい感性と豊かな表現力で語り演じます。
◎上演時間:1時間40分(休憩なし)
◎この芝居は加賀田一(長島愛育園元自治会長)、鶴見俊輔(哲学者)、筑紫哲也(ニュースキャスター)、岡部伊都子(随筆家)といった方々の賛同を得ています。

【藤本としの生涯】
藤本としは明治34年東京生まれ。縁談が整った18歳のとき、自分がハンセン病であることを知り絶望の淵に立たされる。数年後に相次いで両親を亡くし、自殺を図ったが果たせなかった。以後、療養所を転々とする間にも全身が麻痺し、47歳のとき失明。しかし、不自由な身であっても唯一感覚の残った舌を使って点字を読み、過酷な人生にもかかわらずいつも笑みを忘れず、病友にも慕われた。1987年岡山県の国立療養所巴久光明園で死去、86歳だった。
■ 実績・評価
【寄せられた感動の声】
・ハンセン病をまっすぐに受け止め生ききった姿に感動し、勇気をもらいました。
・落ち込んでいたけど、くよくよするなんて人生もったいないと思えるようになった。
・不遇の人生の中でも生きる光を持つのではなく、自分が光になるのだという前向きな生き方に圧倒された。
・これまで甘えて生きていた自分が恥ずかしくなりました。
・「ハンセン病の方の創造もつかないほどの苦しみや、人間の尊厳を奪われたような人生を知りなさい」という押しつけがましいものではなく、ハンセン病という運命を背負った藤本としさんの前向きな生きざまをしみじみと感じる芝居でした。
■ プロフィール
18歳で発病し、86歳で亡くなったハンセン病の元患者、藤本としさん原作の随筆集を自身で脚本化し、豊かな表現力で力強く魂を揺すぶる舞台は、人間の生き方を深く考えさせられる。この芝居は、2001年の旗揚げ以来、全国各地で見る人の心を感動の渦に巻き込んでいる。

●脚本・出演:結 純子(ゆい・じゅんこ)
東京生まれ。複数の劇団に所属した後、自ら劇団を創り、俳優・構成・演出家として活動。ひとり芝居「人生一発勝負」の構成演出で文化庁芸術祭優秀賞を受賞。現在は自ら俳優として、全く新しいスタイルの舞台を作り好評を得ている。ひとり芝居「 地面の底がぬけたんです」の公演は通算100回を超えた。2007年、これまでの公演活動が高く評価され、久保医療文化賞を受賞。

●原作者:藤本とし(ふじもと・とし)
1901年東京生まれ。18歳でハンセン病を発病。身体の不自由にもかかわらず、点字を習い、文章を書き、常に笑いを忘れず仲間から慕われる。1987年、岡山県の国立療養所邑久光明園にて86歳で逝去。

●あらすじ
藤本としは、縁談がととのった18歳でハンセン病を発病。さらに20歳で父を、23歳で母を亡くす。絶望のあまり24歳の時に自殺を図るが死にきれず、以後療養所を転々とする間に手足の麻痺、47歳で失明。しかし、としの精神は決して悲劇の中に留まらず、たおやかで透明な心を持ち続ける。としの生き方は、時代を越えて我々を暗闇の中で導くランプのような深い示唆を含み、強い輝きを放っている。

※講演・研修依頼以外の連絡取次ぎに関しましては、個人・団体問わず対応致しかねます。
講師:結 純子のページ
結 純子の他のタイトル
結 純子ひとり芝居『地面の底がぬけたんです』
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