
定年退職が近づくと、多くの人が「自分の退職金や年金はいくらもらえるのか」と総額ばかりを気にしがちです。しかし、本当に大切なのは銀行口座に振り込まれる「手取り額」。現役時代と違い、定年後はわずかな税金や社会保険料の差が、数十年続く老後生活の質を大きく左右します。
本記事では、経済評論家・マネーコンサルタントの頼藤太希氏に、退職金と年金の手取りを最大化するための6つの具体的な方法を詳しく解説していただきます。
※本記事の内容は2026年1月時点のものです。
【監修・取材先】
頼藤太希氏
経済評論家・マネーコンサルタント
中央大学商学部客員講師
資産形成と同じくらい大切な「出口戦略」の重要性
人生100年時代、私たちはかつてないほど長い「老後」を過ごすことになります。資産形成の重要性が叫ばれる昨今ですが、実はそれと同じくらい重要なのが「出口戦略」、つまり「どう受け取るか」です。
せっかく現役時代に一生懸命働いて積み上げた退職金や年金も、受け取り方の知識がないだけで、所得税、住民税、そして健康保険料や介護保険料といった「公的な負担」によって大きく削られてしまいます。
「額面(支給額)」を増やすのは簡単ではありませんが、「手取り(受取額)」を増やすことは、制度を知り、正しく申請するだけで誰にでも可能です。これから紹介する6つのメソッドを、今後のマネープランにぜひ取り入れてみてください。
1. 退職金は「一時金受取」を優先し、退職日を「1日」調整する
退職金の受け取り方は、手取り額に最も大きな影響を与える手続きです。受け取り方には「一時金(一括)」「年金(分割)」「一時金と年金の併用」の3通りがありますが、結論から言えば、「一時金」での受け取りが最も手取りを大きくできる可能性が高いです。
退職金の受け取り方による違い
- 一時金(一括でまとめて受け取る): 退職金は「退職所得」として扱われ、他の所得とは区別して課税される「分離課税」が適用されます。退職所得は、退職金から「退職所得控除」を引き、さらに2分の1をかけた金額となります。一時金で受け取った場合、社会保険料の負担は一切ありません。
- 年金(分割で少しずつ受け取る): 退職金は「雑所得」扱いとなり、他の所得と合算して課税される「総合課税」になります。会社に退職金を運用してもらいながら受け取るため額面は増えますが、毎年の年金額が社会保険料(国民健康保険料など)に影響し、負担が増えてしまう点に注意が必要です。
圧倒的な手取り差が出る具体的な試算
なぜ一時金が有利なのか、具体的なケースで比較してみましょう。
【試算の前提条件】
- プロフィール: 東京都文京区在住、38年間勤務
- 退職金: 2,000万円
- 定年後の就労: 60〜64歳まで年収300万円で勤務(協会けんぽ加入)
- 公的年金: 年180万円
- 年金形式の受取: 退職金を10年間で受け取る(予定利率1.5%)
- 控除: 基礎控除、社会保険料控除、所得金額調整控除のみを考慮

(株)Money&You作成
この条件で計算すると、年金受取(パターン2)の場合は会社が1.5%で運用してくれるため、受取総額(額面)は一時金(パターン1)より169万円多くなります。しかし、年金受取(パターン2)は「雑所得」として総合課税の対象となり、さらに引退後の国民健康保険料を押し上げる要因となります。
結果として、税金・社会保険料を差し引いた「実質的な手取り額」では、一時金受取(パターン1)の方が年金受取(パターン2)よりも166万円も多くなるという逆転現象が起こります。
退職所得控除を最大化する「1日の差」
一時金受取の際に利用できる「退職所得控除」は、勤続年数によって計算式が変わります。
- 勤続20年以下: 40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 勤続20年超: 800万円 + 70万円 × (勤続年数 – 20年)
この勤続年数には、長期間の欠勤や病気による休職期間も含むことができます。さらに重要なのが、勤続年数に1年未満の端数がある場合は「切り上げ」になるというルールです。
例えば、26歳の4月1日に入社し、60歳の3月31日に退職した場合と、退職日をわずか1日遅らせて60歳の4月1日にした場合を比較してみましょう。
- パターン①:26歳4月1日入社、60歳3月31日退職(勤続34年ちょうど)
控除額:800万円 + 70万円 × (34年 – 20年) = 1,780万円 - パターン②:26歳4月1日入社、60歳4月1日退職(勤続34年と1日 → 35年計算)
控除額:800万円 + 70万円 × (35年 – 20年) = 1,850万円
このように、わずか1日の退職日の差で、勤続年数が1年増えたとみなされ、控除額が70万円も増えるのです。この差によって手取りが変わるなら、会社と退職日を交渉する価値は十分にあります。
2. 再雇用時は「給与の一部を退職金」に回して節税する
再雇用や再就職で働く際、月々の給与を少し下げ、その分を退職時に「退職一時金」として後払いしてもらう契約にすると、税金や社会保険料を節約できます。
例えば、60歳から65歳までの5年間、①月給25万円(年収300万円)で働くよりも、月給20万円に抑えて差額の5万円を退職金として後でもらう方が、5年間の税・保険料合計は約71万円も少なくなります。納める社会保険料が減るため、もらえる老齢厚生年金が年約1.3万円ほど減る計算になりますが、トータルの手取り増のメリットは非常に大きいです。
| 年収300万円 | 年収240万円+ 退職金300万円 |
|
| 年収 | 3,000,000 | 2,400,000 |
| 所得税 | 33,590 | 17,816 |
| 住民税 | 115,800 | 84,900 |
| 社会保険料 | 481,380 | 370,800 |
| 手取り | 2,369,230 | 1,926,484 |
| (税金+社会保険料) | 630,770 | 473,516 |
| 5年間の税金+社会保険料 | 3,153,850 | 2,367,580 |
| 退職金にかかる税金 | 0 | 75,525 |
| 税金+社会保険料合計 | 3,153,850 | 2,443,105 |
| ※所得控除は基礎控除、社会保険料控除のみで試算 | ||
(株)Money&You作成
3. 収入が減ったら「高年齢雇用継続給付」を活用する
定年後、現役時代に比べて賃金が大きく下がった場合に活用したいのが「高年齢雇用継続給付」です。
【現在の給付条件】
この制度は、以下の条件を満たした場合に、賃金の最大10%の給付金がもらえる仕組みです。
- 60歳以上65歳未満
- 雇用保険の被保険者期間が5年以上
- 60歳以降の賃金が60歳時点の75%未満に低下
失業手当を受け取らずに再雇用された場合の「基本給付金」と、失業手当を一部受けて再就職した場合の「再就職給付金」の2種類があります。
なお、65歳未満で年金を受給しながらこの給付を受けると、年金の一部が最大4%カットされます。しかし、もらえる給付金(最大10%)の方が多いため、年金の減額を恐れて受給を控える必要はありません。積極的に働いて給付を受ける方が、トータルの手取りは確実に増えます。
4. 働きながら年金をもらうなら「51万円の壁」を意識する
65歳から70歳の間、厚生年金に加入して働くと、納めた保険料が年金に反映される「在職定時改定」により、年金額が毎年増えていきます(平均給与20万円で年額約1.3万円増)。ただし、給与と年金の合計が月51万円(2025年度基準)を超えると、年金の「(基本月額+総報酬月額相当額-51万円)×2分の1」がカットされる「在職老齢年金」には注意が必要です。
特に注意すべきは「繰下げ受給」との関係です。実際に年金を受け取っていなくても、支給停止の対象となる部分については繰下げによる増額(月0.7%増)が適用されません。給与が多い人が「後でまとめて増やそう」と考えていても、思ったほど増えない可能性があるため、自身の報酬額をしっかり把握しておく必要があります。
なお、2026年4月からは51万円から62万円に引き上げられる予定です。
5. 失業手当を最大化する「64歳11か月退職」の検討
退職後に仕事を探す際、雇用保険の給付が受けられますが、退職時の年齢によって条件が大きく変わります。
- 64歳まで: 「失業手当」として90日〜150日分受給可能。
- 65歳以降: 「高年齢求職者給付金」として一括で30日または50日分のみ。
失業給付
(雇用保険の基本手当)高年齢求職者給付金 対象年齢 60~65 歳未満 65歳以上 支給金額 賃金日額の45~80% 賃金日額の50~80% 給付日数 90~150日 30日または50日 基本手当日額※ 2,411〜8,870円 2,411〜7,255円 支給方法 4 週に一度の認定ごと 一括 年金の併給 不可能 可能
※2025年8月~の金額
(株)Money&You作成
手取りを最大化するなら、給付日数の多い失業手当が狙える「64歳11か月」での退職が戦略的です。このタイミングなら失業手当を受けつつ、65歳からの年金も減額されずに受け取ることができます。ただし、会社によっては65歳前に退職することで退職金や賞与が少なくなる場合もあるため、事前に確認しましょう。
6. 健康保険は「任意継続」から「国保」へ賢く切り替える
定年退職後は会社の健康保険から脱退するため、新たな健康保険への加入手続きが必要です。以下の4つの選択肢があり、どれを選ぶかで保険料負担が変わります。
定年退職後の健康保険の選択肢
- 再雇用・再就職先の健康保険: 定年後、再雇用・再就職する場合はこの一択となります。保険料は会社と折半して支払います。
- 家族の健康保険に入る: 再雇用・再就職しない場合、もっとも保険料が安く済むのがこの方法です。家族が扶養してくれたら、保険料負担はゼロになります。
- 任意継続: 退職前の保険を2年間継続できます。
- 国民健康保険: お住まいの自治体で加入します。
1と2が選べない場合、おすすめは「退職1年目は3.任意継続、2年目からは4.国民健康保険」という切り替えです。国民健康保険料は前年の所得で決まるため、1年目は現役時代の所得が反映され高額になりがちです。しかし、退職して1年目の所得が大きく減れば、2年目は国民健康保険のほうが安くなる可能性があります。現在は年ごとに選択し直せるため、必ず自治体で保険料を比較して選びましょう。
知恵と工夫で「定年後」の自由を守る
定年後の手取りを増やすために必要なのは、制度を正しく理解し、適切なタイミングで申請するという「出口戦略」の実践です。
- 退職金の一時金受取と退職日の「1日」調整で控除を使い切る。
- 給与を退職金に回す契約で税・保険料を大幅に節約する。
- 高年齢雇用継続給付を活用し、年金減額を気にせず働く。
- 51万円の壁を意識し、在職老齢年金による支給停止を回避する。
- 退職時期の調整(64歳11か月)で失業給付の受取額を最大化する。
- 健康保険の切り替えを戦略的に行い、保険料負担を最小限に抑える。
これらの方法を実践することで、周囲よりも数十万、数百万円単位で豊かな老後を送ることが可能になります。自分ができる手続きをもれなく行い、お金がたくさん残るようにしていきましょう。
頼藤太希氏への講演依頼・研修のご案内
今回、定年後の手取り最大化について解説いただいた頼藤氏は、難解なお金の話を「誰にでもわかる、すぐに使える知識」に変えて伝えるプロフェッショナルです。
【おすすめの講演テーマ】
- 「定年前後に絶対知っておきたい!退職金・年金の手取り最大化戦略」
- 「人生100年時代の資産形成・運用に必要なマネーリテラシー」
従業員のマネーリテラシー向上を目指す企業様や、自治体・団体の皆様、ぜひ頼藤氏の講演をご検討ください。
📌 退職金・年金を増やすためのQ&A
Q1. 定年のお金で額面と手取り、どちらが重要ですか?
A.銀行口座に振り込まれる「手取り額」です。わずかな税金や社会保険料の差が老後の生活を大きく左右するため、受け取り方(出口戦略)が重要です。。
Q2. 退職金の受け取り方で、最も手取りを増やせる可能性が高いのは?
A.一時金(一括)受取です。
理由: 分離課税の「退職所得」として扱われ、退職所得控除が適用される上、社会保険料の負担が一切かからないためです。年金形式(雑所得)よりも手取りが多くなるケースが多いです。
Q3. 退職所得控除を最大化するために、退職日をどう調整すべきですか?
A.退職日をわずか「1日」遅らせることを検討してください。
理由: 勤続年数の端数が切り上げになり、勤続年数が1年増えたとみなされることで、控除額が70万円増える場合があります。
Q4. 再雇用で税金・社会保険料を節約する方法はありますか?
A.月々の給与を減らし、差額を退職時に「退職一時金」として受け取る契約にすることです。
効果: 月々の税金・社会保険料を抑え、結果として5年間の合計負担額を数十万円単位で減らせる試算があります。
Q5. 働きながら年金をもらう際、年金カットを避ける「壁」はいくらですか?
A.給与と年金の合計が月51万円(2025年度基準)。2026年4月から62万円になる予定です。
注意点: これを超えると「在職老齢年金」により年金の一部がカットされます。
Q6. 失業手当を最大化するために、戦略的な退職時期はいつですか?
A.64歳11か月での退職が戦略的です。
理由: 65歳未満なら給付日数の多い「失業手当」を受け取れ、65歳以降の年金も減額されずに受け取ることが可能です。
Q7. 定年退職後の健康保険料を抑える賢い切り替え方は?
A.退職1年目は任意継続、2年目からは国民健康保険への切り替えを検討しましょう。
理由: 国保の保険料は前年所得で決まるため、所得が多い1年目は任意継続で抑え、所得が減った2年目以降は国保のほうが安くなる可能性があるためです。必ず自治体で保険料を比較してください。。
頼藤太希 よりふじたいき
経済評論家・マネーコンサルタント 中央大学商学部客員講師

慶應義塾大学経済学部卒業後、アフラックにて資産運用リスク管理業務に6年間従事後に起業。資産運用や老後資金、お金の育て方などに関するセミナーや研修をはじめ、金融メディアの運営、音声配信などを通して金融リテラシーの向上を目指す。著書は110冊超え、累計200万部。テレビ・ラジオ出演多数。
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