保育園での事故防止や安全意識の啓発は最優先課題ですが、「ヒヤリハット報告書が形骸化している」「指導法に悩む」という声も多く耳にします。

そこで今回は、大阪大学大学院人間科学研究科の特任研究員・大阪総合保育大学非常勤講師であり、科学的な安全行動学に基づいた子どもの事故防止を研究されている岡 真裕美さんに、現場におけるヒヤリハットの本質的な活用法や、重大事故を未然に防ぐための具体的な対応策を伺いました。

※本記事の内容は2026年6月時点のものです。

Your Image【監修・取材先】
岡 真裕美氏

大阪大学大学院人間科学研究科安全行動学研究分野 特任研究員
子ども安全講師 大阪総合保育大学 非常勤講師

 

保育のヒヤリハットとは

「保育における『ヒヤリハット』とは、一歩間違えれば重大な事故やケガに繋がっていたかもしれない出来事のことです」と岡さんは語ります。

1件の重大事故の背景には29件の軽傷、300件のヒヤリハットがあるという「ハインリッヒの法則」の通り、日々の保育の中で小さな兆候を適切に対処するかが園児の命を守る大前提になります。

しかし、多くの保育の現場では事後報告書が「書けと言われるから義務的に書く」「注意不足を責められる反省文のようでつらい」といった不満から形骸化している施設も少なからずあります。岡さんは、個人の責任追及に終始してしまっては、環境や組織体制の根本的な改善に結びつかないと警鐘を鳴らします。

ヒヤリハットは「大きな事故を未然に防いだ成功事例」としてポジティブに捉え直すことができます。誰かが危険の連鎖を止めたから事故が起きなかったのです。管理者は職員を責めず、むしろ「防いでくれてありがとう」と感謝し、園全体で共有する安全文化を醸成すべきだと説きます。

提出のハードルを下げる工夫も必要です。「最初から完璧な書類を求めるのではなく、職員室に掲示板を置き、付箋に気づいたことを書いて園内マップ等に貼る簡単な方法から始めるのも有効です」と岡さん。日常的に危険の芽を出し合い、迅速にマニュアルへ反映させていく仕組みづくりこそが事故防止の第一歩となります。

スイスチーズモデルと3H

▲岡さんの講演資料より

保育事故のメカニズムとして、岡さんが挙げるのが「スイスチーズモデル」です。これは、組織や環境、個人の様々な段階に存在する小さな欠陥(穴)が、偶然にも一直線に繋がったときに事故が発生するという理論です。どれか一つの段階でその穴を塞ぎ、連鎖を止めれば、重大な事故は未然に防ぐことができます。

2022年に起きた送迎バスでの3歳児置き去り死亡事故も、運転手の急な欠勤や不慣れな園長による運転、車内点検の怠りといったいくつもの穴が連鎖した結果です。「事故を起こしたいと思って保育を行う園はありませんが、思い込みや焦りが穴を広げたり、増やしたりしてしまうのです」と岡さんは分析します。

また、人の注意力には限りがあるため、現場にイレギュラーな事態が発生すると注意力が削り取られてしまいます。「そこで警戒すべきなのが、事故が起きやすい不安全状態『3H』です」と岡さんは言います。3Hとは、「初めて」「変更・変化」「久しぶり」の頭文字を取ったものです。

普段と違う変更や焦りが生じる「3H」の状況は、事故を誘発してしまう瞬間です。「散歩コースの変更や久しぶりの行事などのタイミングでは、職員全員が『今は3Hの状況である』という共通認識を持ち、いつも以上に意識的に人数確認や相互フォローを行うことが不可欠です」と訴えます。

重大事例から学ぶ事故防止

「安全意識の啓発を徹底するためには、過去の重大な保育事故の事例を正しく知り、学ぶことが極めて重要です」と岡さんは指摘します。今回は、現場で起こりやすい4つの代表的な事例とその対応策について、岡さんに詳しく伺いました。

①見落とし・置き去り

園内でも、園外活動時でも多く発生しています。対応策としては、個人の「数えたつもり」「チェックしたつもり」という思い込みに頼らず、指差し確認や複数の職員による「ダブルチェック」、「点呼と名簿の突合」等をルール化し、活動の節目ごとに全員の姿を確認する仕組みを徹底することです。

②窒息

給食時の誤嚥や玩具の誤飲事故が後を絶ちません。対応策は、施設内において、当該月例の子どもが手の届くところに誤飲リスクのある物品を置かない環境整備、および救命措置訓練の定期実施です。

③転落

ベランダの踏み台や大型遊具からの落下ケースがあります。「子どもの身体能力を過小評価してはいけません。好奇心旺盛な子どもは私たちが思う以上に高い所に登ることができます。」と岡さんは警鐘を鳴らします。足がかりとなる物品を窓周辺に放置しないこと、窓や網戸に補助錠を取り付け、構造的な不安全要素を事前に排除することが重要です。

④水難事故・熱中症

プール活動中、子どもが無言で沈む「本能的溺水反応」や、炎天下での熱中症があります。水遊び中は「監視専従」の職員を配置して子どもと遊ぶ役割と分け、死角がないところでくまなく監視すること、また暑さ指数(WBGT)を計測し、基準値を超える場合は屋外活動を中止することが不可欠です。

なぜなぜ分析で防ぐ事故防止

園内で発生したヒヤリハットの事例を対策へ昇華させる手法として、岡さんは「なぜなぜ分析」を推奨します。「なぜ起きたのか」という原因究意を最低3回以上繰り返すプロセスです。「原因を個人の注意不足に帰結させず、組織の仕組みや環境の不備として捉えることが最も重要です」と岡さんは語ります。

例えば、「子どもが通用門の鍵を自分で開けて抜け出しそうになった」事例を分析します。『A先生が目を離したから』で片づけては根本解決になりません。

なぜ目を離したのか→保護者対応をしていたから
なぜ他の職員がカバーできなかったのか→おむつ替えの最中であったから
なぜ鍵を開けられたのか→段差を利用して鍵に手が届く等構造の問題があったから

と掘り下げます。

このように「なぜ」を3回繰り返すことで、本質が個人の問題ではなく、職員配置の薄さや鍵の設置環境の不備という園全体のシステムの問題だと浮き彫りになります。原因が仕組みにあれば、「鍵の位置を高くする」「ダブルロックにする」といった、誰が担当しても再発しない環境改善が可能になります。

保育士を守るためのリスク管理

「事故防止対策は、園児の命を守るためであると同時に、最前線で働く保育士自身を守るためのリスク管理でもあるのです」と岡さんは言います。100%の安全を担保することは困難だからこそ、万が一の際、適切な保育を行っていたことを明確に説明できるよう、日頃からの記録の構築が不可欠になります。

具体的には、不安や異常を感じた出来事があればエビデンス(証拠)を残す習慣を勧めます。

「人間の記憶は曖昧になりがちでトラブルに発展することがあります。正確な記録が園内に残されていれば、それが保育士の正当な業務を証明し、身を守る最大の盾となってくれるのです」。

また、万が一事故が発生した場合は初期対応において誠実かつ迅速に対応することが大原則です。「園長をはじめとする管理職が先頭に立ち、組織として誠実に対応する体制を整え、保育士個人に全ての責任を押し付けたり、1人で抱え込ませたりする職場環境は絶対に避けなければなりません」。

「初めから完璧なマニュアルを目指す必要はありません」と岡さんは言います。日々のコミュニケーションの中で声を掛け合い、チーム全員で少しずつ改善を重ねながら独自の安全文化を育てていくことこそが最高のリスク管理です。システムブレーンでは、こうした包括的な学びを提供する講演プランをご提案しています。

安全な保育環境をつくるために

保育園における事故防止やヒヤリハットの活用は、個人の精神論だけでは決して達成できません。今回、岡真裕美さんにお話を伺ったように、スイスチーズのチーズの壁を増やし、空いた穴を塞ぐようにハザードを予測し、誰が担当しても同じ質で見守ることができる仕組みと環境をチームで構築していくことこそが本質です。

弊社では、本コラムのベースとなった岡真裕美先生による特別講演プラン『保育中の事故・ケガを減らすには 〜事故発生のメカニズムと過去の事例より〜』の講師派遣を承っております。「園全体の安全意識を高めたい」「形骸化したヒヤリハット運用を刷新したい」とお悩みの管理者の皆様、ぜひお気軽に弊社までご相談ください。

📌 保育事故を防止するためのQ&A

Q1. 取材で語られた、保育現場における「ヒヤリハット」の本来の意義とは?

A. 岡さんによると、ヒヤリハットは「重大な事故を未然に防ぐことができた成功事例」です。個人の注意不足を責める反省文にするのではなく、園内に潜むハザードを可視化し、環境やマニュアルの改善に繋げる園全体の貴重な資産として捉え直すことにあります。

Q2. 事故が起きやすい「3H」とはどのような状況ですか?
A.「初めて」「変更・変化」「久しぶり」の頭文字を取った、ミスが多発しやすい状況のことです。いつもと違うイレギュラーな事態が発生すると、保育士の注意力や集中力といった「注意資源」が著しく削られるため、組織的な警戒が必要であると岡さんは解説しています。

Q3. 園外活動や送迎時の「置き去り」を防ぐために推奨する対応策は何ですか?

A. 個人の主観的なカウントに頼らず、指差し確認、複数の職員による「ダブルチェック」および「点呼と名簿の確実な突合」等を徹底することです。活動の節目ごとに、全員の姿を必ず目視で確認し合う組織的なルールが、命を守る確実な防衛策となります。

Q4. ヒヤリハット報告書を「反省文」にしないための具体的な分析方法は?

A.原因の本質を個人の資質ではなく、園の仕組みや環境の不備として掘り下げる「なぜなぜ分析」が有効です。「なぜ」を最低3回以上繰り返し、システムの問題に昇華させることで、誰が担当しても再発しない環境改善(本質安全化)が可能になります。

Q5. 万が一の事故が発生した際、保育士自身を守るためのリスク管理とは?

A. 適切な保育活動を行っていた事実を客観的に証明できるよう、日常的に「記録」を残しておくことです。また、トラブル発生時は管理職主導で組織として誠実に対応し、保育士個人に全ての責任を抱え込ませないチーム体制を構築しておくことが重要です。

岡 真裕美 おかまゆみ

大阪大学大学院人間科学研究科安全行動学研究分野 特任研究員 子ども安全講師 大阪総合保育大学 非常勤講師

2012年、夫が川で溺れている見ず知らずの子どもたちの救助にあたり亡くなった。翌年、大阪大学大学院へ進学。「子どもの事故・怪我予防」の研究と啓発に力を注いでいる。夫を人命救助で失った遺族の経験と、研究者としての専門知識を活かし、講演や授業を幅広く行っている。

講師ジャンル
実務知識 安全管理・労働災害
社会啓発 教育・青少年育成

プランタイトル

保育者と子どもの安全意識を高めるには

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