人権啓発講演会や学校・PTAでの講演会で、弊社で大変お世話になっている講師の桂ぽんぽ娘さん。講演終了後のお客様よりとても良いお声を頂戴しましたので、その感想とともに内容のご紹介をさせていただきます。

【桂ぽんぽ娘さんプロフィール】

小・中学校時代、自殺を考えるほど壮絶ないじめを経験。その後、落語家の道を進むことを決意し、2000年 東京太・ゆめ子に弟子入り、2006年 桂 文福に入門。現在は、落語家として全国各地で活躍する一方、一児の母として子育てに奮闘中。自身の経験を基に「いじめ問題」「子育て」について講演を行う。

 

「ぽんぽ娘さんのお話のなかに、いじめを見抜けなかった大人、いじめのとらえ方をまちがっていた大人、いじめられて苦しんでいる子どもをさらに傷つけた大人がたくさん出てきました。そして、その中には子どもを守るべき教員もいました。そういう大人の対応が、死ぬ以外に選択肢を見つけられないところに子どもを追い込んでいくのだということが強く伝わってきました。いじめている子は確かに直接の加害者かもしれませんが、周りにいて救えなかった大人の責任はさらに大きいと思いました。
しかし、一方で吉本新喜劇の間寛平さんのように、ぽんぽ娘さんに生きる希望と夢を与えられた大人もいたのです。いじめられて、つらい思いをしている子どもたちに、私たちはどんな大人として向き合うのか、どんな大人として生きていけばいいのか、その答えのひとつがぽんぽ娘さんのお話の中に確かに用意されていました。」(主催ご担当者様談)

 

親よりエライ先生から「『バイキン』と呼ばれるお前が悪いといわれ、とっても恥ずかしかったです。

小学校低学年時代に「バイキン」と言われ、自分が配膳する給食を食べてもらえなかったことがありました。そのときの担任から「バイキンと言っている子も悪いが、言われているお前も悪い。言われないようにしなさい」と言われました。その先生の言葉を聞いて、私は自分のことがすごく恥ずかしく思いました。

「自分がうまく応対できないと親が馬鹿にされる」と思い、親には内緒にしなければと思いました。

小学校2年の時に母親が病気で急死しました。4年生のときに教室に入ると頭痛、腹痛、気分が悪くなりたびたび保健室へ行くようになりました。病院に行くよう先生にすすめられ、病院に行ったら診断は「異常なし」でした。先生から「いいかげん仮病はやめなさい」「やっぱり片親だといいものを食べさせてもらってないのね」と言われました。「自分がうまく応対できないと親が馬鹿にされる」と思い、親には内緒にしなければと思いました。

いっそ私が死んだほうが、世の中、みんな幸せになるんじゃないか。

6年生の時に友達の誕生会に初めて呼ばれ、喜んで出かけたら、そこに来ている子どもたち全員からひどいいじめを受けます。今まで、まわりで見ていても、何もしなかった子までもいじめに加わっているのをみて、「このままここにいたら殺される」と感じ、必死で逃げました。家に帰って自分で服の汚れなどの後始末をしたあと、死ぬことを考え始めました。いっそ私が死んだほうが、世の中、みんな幸せになるんじゃないか、死ぬこと以外に解決の方法はない、唯一の解決という錯覚に襲われていったのです。

もしかしたら世界はもっと広くて、大人になったらこんな私でも受け入れてくれるところ、必要としてくれるところがあるかもしれないと思えるようになりました。

東京のテレビで特別に放送されていた吉本新喜劇に間寛平さんが出ていました。杖をついて人や物にぶつかりながら歩くなど、まわりの人に迷惑をかけるおじいさんのお芝居をしていました。お芝居と知らずにみていた私は、こんな人はきっといじめられているにちがいないと思っていたのですが、このおじいさんはみんなから愛され、大切にされていたのです。それを見て私は、もしかしたら世界はもっと広くて、大人になったら、こんな私でも受け入れてくれるところ、必要としてくれるところがあるかもしれないと思えるようになりました。お芝居だとわかったあとも、私は「お笑い」にたずさわる仕事をして、寛平さんのお芝居をみて私が自殺を思いとどまったように、私をみて誰かが自殺をやめてくれるようなそんな人間になりたいと思うようになりました。夢ができたのです。それから「死にたい」と思わなくなりました。

「ああ、あのとき死なないでよかった」と思いました。

高校になってクラスの子から「いっしょにお弁当を食べよう」と言われ、はじめて机をくっつけていっしょにお弁当を食べました。すごくうれしかったです。はじめてお笑い芸人として舞台にたったとき、はじめて子どもを産んだとき、そしてこの時「ああ、死なないでよかった」と思いました。

お笑いの「いじる」という芸はたいへん専門性の高い芸です。いじる方もいじられる方もプロだから笑えるのです。

からだの特徴をとらえて笑いものにするという芸はたいへん難しいのです。お笑いの「いじる」という芸はたいへん専門性の高い芸です。いじる方もいじられる方もプロだから笑えるのです。簡単そうに見えますから、素人が、とくに子どもがまねをします。素人がいじると、それはいじめになっていきます。からだを治す専門家の医者のマネは、血が出るから、命にかかわるからまねをするのはやめようと子どもはわかりますが、「いじる」という行為も同じです。いじられた方は確実に心が傷つき、心の血を流しているのです。

「いじる」は「いじめ」になるという感覚を当たり前にしていくことが大切です。

私は自殺を考えるほど苦しんだのに、いじめていた側は大人になっても「いじって遊んでいただけだった」と言いました。私は今も傷ついているし、怖いと思っているのに、相手にはいじめていたという感覚はなく、いじって遊んでいただけという感覚なのです。「いじって遊んでいる」という感覚の延長線上で人を殺してしまうというのが、いじめの恐ろしさです。
いじめをゼロにするのは難しいことかもしれませんが、私たち大人にできることのひとつに「『いじる』はいじめになる」ということを社会で当たり前の感覚にしていくこと、これがいじめを少なくしていくためには大切なことだと私は思います。

 

なぜ、いじめはなくならないの?
~元いじめられっ子の落語家からのメッセージ~

桂 ぽんぽ娘 かつらぽんぽこ
落語家

小・中学校時代、自殺を考えるほど壮絶ないじめを経験。その後、落語家の道を進むことを決意し、2000年 東京太・ゆめ子に弟子入り、2006年 桂 文福に入門。現在は、落語家として全国各地で活躍する一方、一児の母として子育てに奮闘中。自身の経験を基に「いじめ問題」「子育て」について講演を行なう。

テレビで毎日のように繰り広げられる、芸人さんたちの「いじり」という行為がありますね。 「いじり」とは、芸人さん特有の表現で、相方やお客さんをからかったりおちょくったりすることで、笑いを取る行為です。 … (続きを読む)

 

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いじめや体罰を理由に児童・生徒が自殺、親の養育放棄で乳幼児の衰弱死、児童ポルノの氾濫等、痛ましい事件が多発しています。傷つく子どもを少しでも減らすために、子ども自身が相手への思いやりの心や生命の尊さを体得する必要があり、大人は子どもも一人の人間として最大限に尊重し、21世紀の社会を担う子どもたちの人権を守っていかなければなりません。システムブレーンでは、この問題について地域や学校、家庭が連携し共に考え学ぶため、好評の人気の講師、講演テーマのご提案をさせていただきます。

【人権啓発 提案例】

1948年12月10日に世界人権宣言が採択され、日本では1949年に法務省と全国人権擁護委員連合会により12月10日を最終日とする1週間を人権週間とすることが定められました。毎年、全国各地で計画・開催される人権啓発講演会へ向け、おすすめ講師や講演テーマをご提案いたします。

 

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