23年前の1月17日、負傷者43,792人、6434人の命を奪った阪神・淡路大震災。

その大震災の被災者の中に、兄弟はいた。仮設住宅の茂じいちゃんから「わしらはこのまま仮設で死んでしまうんや」と聞いた8才の直幸は「ぼくがお金をもってきたる!」と約束をする。兄の正幸が自転車で日本一周してお金を集めようと言い出した。
岸川悦子原作 童話 『走るんや!』より
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二人の息子の母、矢崎由美子さんは、阪神・淡路大震災の語り部として、全国で講演活動をされています。震災後初の童話となった『地球が動いた日』その後出版された『走るんや!』は矢崎さん家族がモデルに書かれています。原作者の岸川悦子さんは茨城県からリュックを背負い仮設住宅に来られ3ヶ月段ボールで仕切った部屋で共に生活をし、童話を完成させられたそうです。
子どもたちが成人し、終活を考える年齢になり、今だから話せることも増えたとおっしゃっています。

震災から2年後の’97夏 当時10歳と8歳の矢崎兄弟は、自転車で日本一周の旅に出た。きっかけは、24時間テレビ「愛は地球を救う」で、宝塚市の自宅で被災した間寛平さんが懸命に走る姿に感動し、壮大な計画を考え出す。当時8才の少年はテレビ局に1通の手紙を送った。「僕たちは寛平さんのように走れないけれど、自転車には自信がある。日本一周の旅に出て募金集めをしたいので協力してほしい」と・・・。
家は全壊、避難所生活を送る中、唯一残ったのが自転車だった。当時、片道5時間かけて全焼した長田の親戚の家まで通っていた。両親は当初反対するが、読売新聞さんの協力を得、10か月の準備期間を経て出発。7/19~8/31 走行距離3,303キロ 集まった募金は330万円。
※下記 矢崎由美子さんのHPで当時の記録やテレビ放送された動画を観ることができます。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~yazaki/index.html

震災があった今日、矢崎さんから当時のお話を聴かせていただき、子どもたちの発想と行動力のすごさに身体が熱くなりました。阪神大震災あと、東北地方太平洋沖地震、熊本地震が起きました。熊本ではまだ仮設住宅に住んでる方もいらっしゃいます。生かされているいのちを使ってどう生きるか?「人生を切り拓く力」を感じさせていただきました。

<感想より>
講演が始まったと同時に、真実を一生懸命に伝えたいという明るく力強いパワーに圧倒された。震災への備えの話もあり、90分でも足りない気がした。

阪神大震災で子どもが教えてくれた沢山のこと
~子どもの可能性についていこう!

矢崎由美子 やざきゆみこ
阪神・淡路大震災の語り部
骨髄バンクボランティア
生命の尊さを日本中の人々に伝えるべく、ボランティア活動を続ける。1952年6月大阪市生まれ。71年東京写真専門学校入学。タレント活動を経て現在は骨髄移植、阪神大震災をテーマに講演活動を続ける。何事にも好奇心が強く、何処にでも居そうで居ないパワフルおばちゃん。

阪神大震災と言う未曾有の大災害の体験の中から、子どもたちが自分で考え行動できたこと。 そして子どもたちの純粋な姿から 大人が学んだ多くのこと。 二人の息子がモデルとなった童話「地球が動いた日」「走るん… (続きを読む)

 

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