
私たちは日々、職場や家庭などさまざまな場面で多くの人と関わり、そこで生まれるさまざまな感情と向き合っています。その中で心理学の知識を身につけることは、人間関係や自身の行動を客観的に理解し、よりよく生きるための大きなヒントになります。
今回は、心理学者で臨床心理士の植木理恵さんに、心理学との出会いや心理学が持つ可能性、日常への活かし方などについて伺いました。
心の持ち方一つで人生はどのように変化するのか、そのヒントを探ります。
※本記事の内容は2025年12月時点のものです。
心理学との出会いと自身の変化
ーー心理学の道を選ばれたきっかけを教えてください。
植木 私は中学生の頃パニック障害があり、試験で1問目が解けないと先に進めないタイプでした。そんな自分の心に対して「どうしてだろう?」という疑問を持ったのが始まりです。
受診した際に、医師から「紅茶にジャムを入れて飲めば治る」と言われ、子ども心に「違う! そういうことじゃない」と感じたことを覚えています。当時の私はさまざまなことに焦り、「いい子でいなければ」と思っていたので、ただ大人に話を聞いてほしかったのだと思います。この頃から「心」というものに強く関心を持つようになりました。
当時はまだ心理学というジャンルが今ほど一般的ではなく、臨床心理士の資格制度もありませんでした。大学で人間の心や発達を研究しましたが、「大人の心の研究もしたい」と大学院に進学し、資格取得や論文、カウンセリングに携わるうちに、どんどん心理学の世界にのめり込みました。
ーー心理学を学ぶ中で、ご自身の中でも生き方や心の持ち方に変化はありましたか?
植木 一番の学びは「人の心は分からない」ということでした。私たちはつい推論や憶測で決めつけ、それが悩みの原因になることが多いものです。私自身、カウンセリングで話を聞いても、一度でその人を完全に理解することはできません。だからこそ「人は分からないもの」だと捉えることで、私自身、人生がとても楽になりました。
例えば、上司に「話がある」と言われると、つい悪い方向に考えてしまいがちですよね。「クビになるんだ」と思っても、実際はそうでないことの方が多いものです。そんな時は、頭の中に円グラフを描き、「事務連絡(20%)」「仕事以外の話(15%)」といった具合に、他の可能性を比率で表してみるのです。そうやって客観視することで、思い込みや決めつけを手放せると気持ちがすっと軽くなります。
ーー多くの人と向き合う中で、やりがいをどのように感じていますか?
植木 つらい表情でカウンセリングルームに入ってきた方が、終了後に少し緊張がほぐれ、笑顔で帰っていく姿を見ると、「ああ、よかったな」と心から思えます。
人は、真の悩みをなかなか言えないものです。最初、仕事の悩みを話される方でも、深く聞いていくと、本当は親子関係や夫婦関係に悩んでいるということも少なくありません。時間を重ね、信頼関係を築く中で、少しずつ心を開き、最後に本当の悩みを打ち明けていただけると、とても嬉しくなります。

▲イメージ画像
ーー悩みの“本質”を引き出すために意識されていることはありますか?
植木 あえて過去のトラウマや体験を深掘りしすぎないということです。過去のつらい経験をお話されるときは、傾聴し共感を示した上で詳しく聞かず、タイミングを見極めながら、「今からどうする?人生の計画を立てよう」「5年後はどうなりたい?」「そういえば、子どもの頃、何が好きだった?」というように、未来や本来の自分に向けるような話に切り替えています。
そうすると、その人が忘れていた好きなものや夢を思い出し、本来の自分に気づくことがあります。「資格を取ってみようかな」「新しい趣味を持ってみようかな」などと前向きな言葉が出てきたら、すかさず「いいね、いつまでにやろうか?」と、具体的な未来の話をしていきます。ですので、原因分析ではなく、解決に向けたアプローチですね。
また、物事を点数化して「見える化」することも大切にしています。「今の気持ちを0(最悪)から100(最高)までで言うと何点?」と投げかけ、「話を聞いてくれる友達がいるので10点ぐらいかな」という答えが返ってきたら、「じゃあ、どうしたら50点、100点になっていくかな?」と一緒に考えていきます。
カウンセリングというより、「これからの人生について共に話し合う」、そんな時間を作るように心がけています。
乳がんとの闘いでも活かされた心理学

▲イメージ画像
ーー心理学者としての転機はありましたか?
植木 私の心理学者としての人生は、「研究」中心の前半と、「臨床」中心の後半に大きく分かれます。大学院時代は、薬や診療の効果を検証する実験を重ね、数値化するような、いわば「対大衆」のアプローチをしていました。
しかし、私自身の乳がん罹患が大きな転機となりました。治療を終えてからは、一人ひとりの心と向き合う「対個人」のカウンセリングへと活動の軸足を移しました。
実は、研究と臨床の両方を経験している心理学者はほとんどいません。同業者にも驚かれるくらい、まるで違う仕事なんです。大勢を対象に調べる仕事から、一人ひとりの内面を深く知る仕事へと、大きな転換でした。
臨床に携わることで、講演会などで話せる幅が広がりました。以前は実験データや調査結果の内容が中心でしたが、今は、実際の人の心の動きやカウンセリング経験など、より現場で得た視点を届けられるようになったと感じています。
ーーご自身の病との闘いの中でも心理学が活かされた場面はありましたか?
植木 がん治療は長期戦になりがちで、私の場合、がんが骨や肺に近いところにできたこともあり、手術と抗がん剤治療を経験し、治療は長期にわたりました。
その中で私が大切にしていたのは、「自分で決める」ということです。スタンダードな治療を受けると決めていたので、周りの声で胸が騒ぐこともなく、穏やかな気持ちで治療に向き合うことができました。
治療が苦しかったときも「病気のせいで具合が悪いのではない。治療をして良くしようとして副作用が出ているんだ」と自分に言い聞かせていました。自分自身で治療方法や生き方を選択できたことが、治療を乗り越えられた大きな要因だったと思います。
医師から、がんと診断を受けたときはショックで、集中して医師の話を聞けず、理解が追いつきませんでした。最後に「何か質問はありますか?」と聞かれたとき、とっさに出たのが「先生の趣味は何ですか?」という質問でした。先生はかなり驚いた表情でしたね。
「この先生がどんな人か知りたい」という一心で質問すると、ご自身のエピソードを話してくださり、心の距離が縮まった気がしました。これを機に、何でも相談しやすくなり、病院に通うのが楽になりました。一種の職業病だと思いますが、医師も患者も人なので、人として向き合って会話ができたのは、これまでの経験が活かされた場面だったと思います。
また入院中に、人の相談に乗ったこともありました。「自分はまだ人の役に立てる」と思えたことも、困難を乗り越える大きな力になりました。
治療中は、自分の病気についてオープンにできず、一部の仕事関係者にしか伝えていませんでした。もともと自分の弱みを人に言えないタイプだったのですが、3年ほど経った今は、同じように病気と闘っている人たちに自分の経験を伝えていきたいという思いも芽生えています。
心理学の知識がもたらす変化とは
ーー心理学はどのような学問だと、植木さん自身は捉えていらっしゃいますか?
植木 心理学のキーワードは「豊かさ」です。衣食住という目に見える物質的な豊かさではなく、目に見えない「心の豊かさ」を追求する抽象性の高い学問だと考えています。
私たちは、仕事や家族、人間関係など、日々具体的な問題に向き合っています。目の前の問題解決や欲求だけにとらわれると、人間らしい豊かさを失ってしまうような気がします。だからこそ、物質的な充足を超えたプラスアルファの部分「考え方」「心の持ち方」「人の気持ちを想像する力」といった、一見すると”なくても生きていけるけれど、持っていると人を豊かにしてくれるもの”こそ大切にしたいものです。
心理学は、ノウハウ本のように即効性のある知識ではありません。なくても困らない学問、もっと言えば「高尚な学問」だと思いますね。しかし、こうした学びに触れることで、人生は確かに豊かな方向に変化していきます。
講演に多くの方が足を運んでくださるのを見て、「こうした学びを求めている人がいる」と確信を持って続けられています。
ーー私たちが心理学の知識を学ぶことで、どんなメリットがあるのでしょうか?
植木 「傾聴」「共感」「無条件の肯定的な関心」は、心理学者にとって必要な要素だと言われています。しかし、これらは誰にとっても大切なのではないでしょうか。こうした姿勢を持つ人が増えれば、社会はもっと良くなるはずです。
講演会では、心のメカニズムや構造をお伝えしながら、「心はいくつかの層になっていて、仕組みを理解し、うまく使えるようになると悩みすぎずに済む」という話をしています。年齢に関係なく「もっと早く知りたかった」という声をいただくことが多いですね。
振り返ると、私自身、高校生のときに読んだ本に大きな影響を受けました。若い時期に出会う学びは、人生に深い影響をもたらすものです。だからこそ、若い方にも、心理学に限らず、さまざまなことに触れ、人生を豊かにしてほしいと思っています。そして、「テイク・イット・イージー(Take it easy)=そんなに難しく考えなくていいんだ」ということを伝えていきたいです。
心理学はコミュニケーションを通して「薬を使わずに人に寄り添う」という大きな特長があります。もっと多くの人に興味を持っていただけると嬉しいです。
私は子宮の病気があり、20代前半で子どもが授かりにくいことが分かっていたので、心理学を伝える立場として、少しでも多くのお子さんや若い方の役に立てたら嬉しく思います。
ーーすぐに活用できるモチベーションに繋がる心理学の知識を一つ教えてください。

▲イメージ画像
植木 やる気を大きく左右するのは、「能動的」か「受動的」かという姿勢です。能動性はやる気に繋がります。
チェスに例えると、自分は盤面を動かす“指し手”か、動かされる“駒”なのか、この違いを決めるのは、自分の心なんです。「私は駒ではない。どう動くかは自分で決める」という考え方ができる人は、幸福度が高くなります。
例えば、スーパーのレジで長い列をさばいている店員さんの中には、生き生きと働いている方がいます。その方は、「この行列をどう回すかは私の腕次第」と、自分を“指し手”として捉えているからこそ、ハツラツと働けるのです。
一方、政治家や社長など、一見“指し手”のように見える立場にいても、「今は不景気だから」「外部要因でどうせ変わらない」と受け身になってしまえば、“駒”になってしまいます。やる気は立場や環境ではなく、自分の心の持ち方で決まるのです。
もう一つ大切なのが、「ビカム(Become)=こうなりたい」という目標と、「ビーイング(Being)=こうありたい」という両方の目標を持つことです。
例えば、「役職に就きたい」「資格を取りたい」といったビカムの目標だけでは挫折しやすくなります。一方で、「人に喜ばれる自分でいられたかな」「今日も全力で仕事をする自分だったかな」など「こうありたい」というビーイングも合わせて持っている人は、何事も誇りを持って継続できます。ビカムとビーイングの両輪が揃うと、人はブレずに前に進むことができます。
私自身、テレビ出演では「思うように話せなかった」と思う時もありますが、「全力でやれたかな」「笑顔を絶やさない自分でいられたかな」と問いかけながら頑張っています。
多様な価値観が受け入れられる社会へ
ーーどのような思いで講演活動をされていますか?
植木 講演会に集まってくださる方たちからは「学びたい」という自発性や主体性を強く感じます。その思いに応えたいというのが私の根底にあります。
講演会では、心理学の最新の科学的・臨床的な知識を、できるだけ分かりやすく、そして「自分にとってどう役に立つか」というところまで落とし込んでお伝えするようにしています。難しそうに感じる学問を、「意外と面白い」と感じてもらいたいです。
講演会の魅力は、講師としての人となりを、ありのままに見てもらえるということです。時には焦っていたり、ど忘れしていたり…そういった部分も含めて、自分の人柄も伝えられたら嬉しいです。講演会は編集がなく言葉をそのまま届けられる機会なので、講師も聞き手も「素」の状態で向き合える場として、多くの人に届けていければと思っています。
ーー心理学を発信していくことで、どのような社会を目指していきたいですか?
植木 物質的な豊かさだけでなく、「心」が大事にされる社会を目指したいです。さまざまな価値観を持つ人が、ありのままに受け入れられる、誰もが自由に言いたいことを言える世の中であってほしいと願っています。
ーーでは最後に、植木さんの「夢」と題して、今後の展望をお聞かせください。
植木 私は、心理学の実験や科学的な検証の話に加え、臨床やカウンセリングの視点を交えながらお伝えできるのが強みだと思っています。
学校や職場などでのコミュニケーションやモチベーション、そして「どうすればもっと楽しく生きていけるのか」といった悩みを抱えている方や、「うつ病や神経症、不登校などで悩んでいる方にどのように接したらよいのか」など悩みは尽きないと思います。こうしたお悩みに、さまざまなアプローチでお話し、少しでも役立つヒントを届けていきたいと思っています。
ーー心理学の知識は、私たちの心を軽くし、生きやすい人生に導いてくれるものだと感じました。心の持ち方一つで、私たちの生き方が変わる、そんな可能性を感じさせていただきました。貴重なお話を本当にありがとうございました。
植木理恵 うえきりえ
心理学者 臨床心理士 医療法人社団福寿会 理事会看護部顧問

東京大学大学院教育心理学コース修了。日本教育心理学会「城戸奨励賞」「優秀論文賞」を史上最年少で受賞。心理カウンセラーとして都内総合病院心療内科に勤務する傍ら、メンタルヘルス、モチベーションアップなど、専門的立場からの講演が人気。フジテレビ「ホンマでっか!?TV」などに出演。
|
講師ジャンル
|
ビジネス教養 | メンタルヘルス | |
|---|---|---|---|
| ソフトスキル | コミュニケーション | モチベーション |
プランタイトル
<コミュニケーション編>
~第一印象、説得力をあげる方法~「仕事で活かせる心理学」
あわせて読みたい
医学の進歩の裏には様々な研究や取り組みがあるものですが、今回ご…
私たちは日々、職場や家庭などさまざまな場面で多くの人と関わり、…
少子高齢化で、ますます厳しくなる中小企業の人材確保ー。 専門ス…
他の記事をみる
講師候補」に登録されました
講師候補」から削除されました
















業務外の講師への取次は対応しておりません。