
仕事、家庭、健康。私たちは日常で多くの壁にぶつかります。そんな時、「もうダメだ」とあきらめてしまうのか、それとも一歩踏み出すのか。
1990年代後半から数々のタイトルを手にし、プロレス界で「絶対王者」と呼ばれた小橋建太さん。しかしその輝かしい経歴の裏側には、度重なる大怪我や、現役中に判明した腎臓がんという絶望的な逆境がありました。医師から「プロのスポーツ選手、アスリートで腎臓がんから復帰した人はいません」と宣告されながら、なぜ小橋さんは再びリングに立つことができたのでしょうか。
本記事では、小橋さんが絶望の淵で見つけた希望と、現代を生きる私たちが逆境を乗り越えるための「心の持ち方」について、その熱い想いを語っていただきました。
※本記事の内容は2026年2月時点のものです。
入門拒否と師匠の無視を越え、掴み取ったプロレスラーの道

――まずは小橋さんの原点について伺わせてください。高校卒業後は、京セラに就職されています。なぜそこから、未知のプロレス界へ飛び込もうと思われたのでしょうか?
小橋 小学5年生の時にテレビでプロレスを見て衝撃を受け、ずっと憧れていました。でも、18歳の京都の田舎の子供にとって、東京に行って保証のない世界で生きていくという一歩を踏み出す勇気が、当時はまだなかったんです。
転機が訪れたのは、就職して半年ほど経った頃でした。ふと新聞のスポーツ欄を見ると、マイク・タイソンというボクサーの記事が載っていたんです。彼はスラム街出身で家庭環境にも恵まれず、少年院を出入りしていたそうですが、ボクシングに出会って更生し、連戦連勝を重ねていた。自分と同世代の彼が這い上がっていく姿を見て、その小さな記事が僕には新聞の一面トップのように輝いて見えました。「タイソンにはボクシングがある。じゃあ僕には何があるんだ? プロレスだ」と。そこで再び、プロレスラーになろうと決意しました。
――そこですぐに会社を辞めて上京されたのですか?
小橋 いえ、そこから実際に動くまでは1年半かかりました。実は社会人になって車を買い、免許もローンで取っていたんです。母親に頼るわけにはいかないし、自分で作った借金は自分で返してケジメをつけないと、次のステップには進めないと思いました。はやる気持ちを抑え、しっかりと準備をしてから全日本プロレスの門を叩きました。
――入門後は、ジャイアント馬場さんの付き人も務められました。師匠との関係はいかがでしたか?
小橋 最初は本当に辛かったですね。実は、付き人になった経緯が少し特殊だったんです。元々、馬場さんにはお気に入りのエリート候補生の付き人がいたんですが、彼がある失敗をして「お前はもう辞めろ、今日から小橋がやれ」と言われたんです。その日、馬場さんの部屋に挨拶に行ったら「なんでお前なんだ!帰れ!」と怒鳴られまして。翌日、挨拶をしても完全に無視されました。それが3ヶ月間、毎日続きました。
――3ヶ月も無視されるとは……。心が折れませんでしたか?
小橋 食事にも一度も誘ってもらえず、他の同期が馬場さんと楽しそうに食事をしているのを見るのは本当に惨めで悔しかったですね。でも、僕は何度も入門を断られ、やっと掴んだプロレスの世界です。どんなに冷たくされても、「ここで耐えれば、これから先どんなことがあっても耐えられる」と言い聞かせていました。
関係が変わったのはデビューの日です。滋賀県の栗東という町での試合後、馬場さんに「ホテルの上で待ってるからな」と呼ばれました。そこで一緒にご飯を食べた時、馬場さんが僕に掛けてくれた一言「よくがんばったな」で、それまでの辛さがすべて洗い流されました。今思えば、馬場さんは僕がどこまで耐えられるか、その根性を試していたのかもしれません。あの期間があったからこそ、「努力するのは当たり前。人より抜きん出るには、人の何倍も努力しなければならない」という精神が培われたのだと思います。
「復帰の前例はない」医師の宣告と絶望の淵で見つけた希望

▲2013年5月11日、日本武道館での引退記念試合の一場面 © Fortune KK
――数々のタイトルを獲得し、まさに「絶対王者」として活躍されていた2006年、腎臓がんが発覚しました。どのような経緯だったのでしょうか?
小橋 6月にタッグチャンピオンになり、その後の定期健診のエコー検査で見つかりました。看護師さんたちが慌ただしくなり、先生から「右の腎臓に腫瘍がある」と告げられました。当時は「腎臓がんになる確率は癌全体の1%程度」と言われていた時代です。告知された瞬間は、頭をバットで殴られたような衝撃で真っ白になりました。「プロレスはもうできないのか? いや、俺は死ぬのか?」と。まだ30代でしたから、死への恐怖は計り知れませんでした。
――医師からはどのような言葉を?
小橋 手術の前夜、主治医から「小橋さん、プロレスに復帰するとは言わないでください」と言われました。先生もいろいろ調べてくださったようですが、「プロのスポーツ選手、アスリートで腎臓がんから復帰した人はいません。生きていればなんでもできますよ。生きましょう」と。「いないんだ…」とショックを受けましたが、そこで僕は「復帰」という言葉を心の奥底にしまい込み、「まず生きよう。生きることに精いっぱいになろう」と決めました。
――術後の生活も壮絶だったと伺いました。
小橋 退院後、初めて外に出た時のことは忘れられません。家の近所、わずか200メートル先のコンビニへ行こうとしたんですが、夏の暑さと体力の低下で、たどり着けなかったんです。足はふらふら、めまいはするし、息切れも酷い。ほんの2ヶ月前までチャンピオンだった男が、コンビニにすら行けない。情けなくて、悔しくて、家に戻って泣きました。
食事制限も辛かったですね。腎臓への負担を減らすため、筋肉の元となるタンパク質を制限しなければならない。ある日、腎臓病食の宅配弁当にエビフライが入っていたんです。「エビフライは久しぶりだなぁ!」と喜んで持ち上げたら、衣がポロッと落ちて…。中から出てきたのは、まるで鉛筆の芯のように細いエビでした。衣の重さに耐えられないほど細いエビを見て、「今の自分を見ているようだ」と、やりきれない気持ちになりましたね。
――そんな絶望的な状況から、どのように気持ちを奮い立たせたのですか?
小橋 「自分自身があきらめたら、そこで終わりだ」という思いです。医師には復帰は無理だと言われたけれど、自分があきらめなければ可能性はゼロじゃない。何より、これまで応援してくれたファンの皆さんに、リング上の姿は見せられなくても、「小橋建太はがんに負けずに生きているんだ」という姿を見せることはできる。それが当時の僕の戦いであり、生きる目標になりました。プロレスラーとしての生き様を見せたかったんです。
年齢に関係なく挑み続ける、「責任ある青春」という生き方

▲2025年4月16日 小橋建太プロデュースプロレス興行『Fortune Dream 10』© Fortune KK
――2013年に引退されてから10年以上が経ちました。現在はどのような活動をされていますか?
小橋 現在は講演活動を中心に、自分の経験を伝える活動をしています。また、「エニタイムフィットネス等々力店」の経営や、プロレスのエクササイズ指導などを通じて、健康づくりの大切さも発信しています。また、プロレス界への恩返しとして『Fortune Dream』という大会も主催しています。
――講演会を通して、どのようなメッセージを伝えたいとお考えですか?
小橋 伝えたいのは「青春に年齢は関係ない」ということです。青春とは、若い肉体にあるものではなく、若い精神の中に宿るもの。いくつになっても、夢を持って何かにチャレンジする心があれば、人はいつまでも青春の中にいられるんです。
ただ、今の僕たちが目指すべきは、若い頃のような無茶な挑戦ではなく、「責任ある青春」です。例えば健康管理。高齢化社会の中で、自分の健康を自分で守ることは、自分自身への責任であり、社会への貢献でもあります。トレーニングをして医者にかかる回数を減らす。それが「医者いらずの体」を作るという挑戦になる。僕自身、膝の手術や腎臓がんの手術など、全身麻酔の手術を14回も経験し、体はボロボロです。それでも、自分に合ったトレーニングを見つけ、挑戦し続けています。

▲講演会で熱弁をふるう小橋さん © Fortune KK
――最後に、今の小橋さんの「夢」について教えてください。
小橋 私の夢は、現役時代の巡業のように、講演で全国47都道府県を回ることです。今日は北海道、明日は青森…というように、かつて試合で訪れた街を再び訪れ、今度は言葉で元気を届けたい。
そしてもう一つは、私を育ててくれたプロレス界への恩返しです。私が主催する『Fortune Dream』という大会が、大きなうねりとなってプロレス界全体を盛り上げるきっかけになれば嬉しいですね。
生きている限り、必ず良いことがあります。どんなに苦しくても、あきらめないでほしい。私の講演活動やジムの活動が、誰かがもう一度立ち上がるきっかけになれば、それが一番の喜びですね。『いくぞー!!』という気持ちで、これからも全国の皆さんに会いに行きます!
――貴重なお話ありがとうございました。
小橋建太 こばしけんた
元 プロレスラー 株式会社FortuneKK 代表取締役

「鉄人」「絶対王者」としてプロレス界にその名を刻む。度重なる怪我と大病を乗り越え、2013年に引退。現在、プロレス解説、フィットネスジムの経営の傍ら、厚生労働省「知って、肝炎プロジェクト」スペシャルサポーターを務め、健康推進活動にも尽力。また、さつまいも博応援隊長など様々な分野で活動している。
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