「異文化」と聞くと、海外の文化や外国人との交流を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、同じ国、同じ地域、同じ教室にいる人同士でも、育った環境や経験によって見えている世界は異なります。

今回、教育委員会が主催する令和8年度第1回人権問題講演会に、講談師・四代目 玉田玉秀斎氏が登壇。「異文化コミュニケーションのすすめ ~国際派講談師が留学・海外口演で学んだこと~」と題し、スウェーデン留学や海外公演、ホームレス支援などの実体験を通して、思い込みを外し、目の前の一
人と向き合う大切さを語りました。

軽快な講談調の語りを通じて、人権や多文化共生を日常の問題として見つめ直した講演をレポートします。

官公庁・学校・PTAチーム

講演テーマ:異文化コミュニケーションのすすめ ~国際派講談師が留学・海外口演で学んだこと~
講師   : 玉田玉秀斎 氏
開催時期 : 2026年8月
主催者  : 行政機関(教育委員会)
講演時間 : 90分
聴講者人数: 約2400人
講演タイプ: オンライン・オンデマンド配信

「落語家」というレッテルから考える、思い込みの強さ

着物姿で緋毛氈の上の座布団に座り、扇子を手に語る玉田氏。講演は、多くの人から「落語家」と間違われるというユーモラスな話から始まりました。

大学の授業で、目の前に「講談師」と書いてあるにもかかわらず、学生のレポートには「今日の落語は面白かった」と記される。一度貼られたレッテルは、事実を示されても簡単には剥がれない――。玉田氏はこの経験を、人は見た目や既存の知識で相手を決めつけてしまう例として示します。

落語は「オチ」に向かって物語を運ぶ芸である一方、講談は物語を言葉で鮮やかに描き、語り伝える芸。同じように見えても、目指す方向は異なります。さらに、明治期に講談の速記本を出版していた会社の一つが、現在の「講談社」であることも紹介され、聴講者は講談の世界へ一気に引き込まれました。

聴講者アンケートにも「見た目による偏見という話しが印象に残った」「自分も無意識に思い込みで判断していると気づいた」という声が寄せられました。親しみやすい導入が、人権問題を遠い話ではなく、自分の中にもある偏見として考える入り口になっていました。

スウェーデンで救われた
「Nobody’s fault, just situation」

▲スウェーデンの家(イメージ画像)

高校時代、玉田氏は交換留学生としてスウェーデンの小さな町へ渡ります。現地で初めて出会う日本人となった玉田氏は、「なぜ日本人は富士山を大切にするのか」と尋ねられて答えられず、異文化交流には相手の文化を知るだけでなく、自分の国や文化を理解し、伝える力も必要だと気づきました。

渡航から4、5カ月が過ぎた頃、言葉のストレスや暗い冬、クリスマスを家族で過ごす人々の中で感じた疎外感が重なり、玉田氏はホストファミリーを困らせようと物置小屋へ「プチ家出」をします。

戻ってきた玉田氏を、ホストファザーは叱りませんでした。抱きしめながら語ったのは、「Nobody’s fault, just situation(誰の責任でもない。ただ、そういう状況だっただけ)」という言葉でした。

個人や人種、文化に原因を押しつける前に、その人が置かれている状況を見る。この言葉によって、玉田氏の不安は氷解していったといいます。

また、男女共用の個室トイレや男女合同の体育にも、日本との違いを感じたそうです。ラグビーで女子生徒への接触を避けたところ、「女性は守られるべき存在だと決めつけているのか」と指摘され、自分の中にある性別に対する固定観念に気づかされました。

聴講者アンケートでは「『誰のせいでもない』という捉え方に感銘を受けた」「『当たり前を見直す』という考えが心に残った」といった反響が多く見られました。

一人ひとりが見ている世界は違う

講談師となった玉田氏は、ホームレス自立支援雑誌『ビッグイシュー』の取材や、ホームレス経験者と講談をつくる活動にも携わりました。そこで出会った人々が住まいを失った背景には、介護離職、災害、社会情勢など、誰にでも起こり得るさまざまな事情がありました。それもまた、「just situation」だったのです。

ホームレス経験者と一緒に講談をつくる活動をしていた時のことです。練習を終えた玉田氏は、参加者の一人に何気なく「続きは家で練習してきてください」と声をかけました。しかし、その人には練習するための「家」がありません。玉田氏はすぐに、自分の言葉が相手の状況への配慮を欠いていたことに気づきました。

ところが、その人は「大阪の夜はキラキラ輝いているから、外でも練習できる」と笑顔で答えたのです。この言葉から玉田氏は、同じ町で暮らしていても、置かれた状況によって一人ひとりに見えている世界は異なることを教えられました。国籍や立場といった大きな括りで相手を理解したつもりにならず、目の前の一人がどのような状況にいるのかを知ろうとすることが大切なのです。

失敗談を講談にして語り合うと、立場を隔てていた壁が低くなり、対話が生まれたと玉田氏は振り返ります。多文化共生とは、外国人を特別な存在として捉えることではなく、隣にいる一人ひとりの違いを知ろうとすること。金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」という言葉を引用し、多文化共生の本質を表しました。

「当たり前」を外し、背景にある「なぜ」を考える

▲イメージ画像

質疑応答では、外国人移住者が地域になじむための支援、文化の違いから学校で摩擦が起きた際の対応、子どもの多文化共生の意識を育む方法など、教育現場に直結する質問が寄せられました。

玉田氏は、単発の交流会だけではなく、異なる人々が継続して関わり、「交ざり合うことが自然で楽しい」と感じられる環境をつくる必要があると提言します。また、「日本人側がこれだけ譲っているのに!」と考えるところから衝突が始まるとして、相手をすぐに変えようとせず、失敗にも寛容でありながら、時間をかけて信頼を築く大切さを伝えました。

特に子どもと向き合う際には、「こうするのが当たり前」と言葉や発想を否定せず、その行動の背景にある「なぜ?」を理解しようとすることが子どもとの信頼関係や安心感のある関係性の構築につながるというお話しもされました。

聴講者アンケートに回答された57人のうち、35人が「大変参考になった」、22人が「参考になった」と回答。参加した教職員からは、

  • 「目の前の子どもがその言動に至った理由を分かろうとしていなかった」
  • 「2学期から『当たり前を捨て』、個と向き合いたい」
  • 「外国籍の児童をまず受け入れ、この学びを学校全体で共有したい」

といった、具体的な実践につなげようとする声が寄せられました。講談師ならではのテンポ、滑舌、表情が授業づくりの参考になったという感想もありました。

違いを「価値」に変えるコミュニケーション

玉田氏の講演の魅力は、多文化共生という大きなテーマを、自身の失敗や戸惑いを含む具体的な物語で伝える点にあります。正解を一方的に示すのではなく、笑いながら聞くうちに、自分が無意識に貼っていたレッテルや、疑わずにいた「当たり前」に気づかされます。

異文化コミュニケーションに必要なのは、違いをなくすことでも、無理に仲良くなることでもありません。自分の文化を知り、伝え、相手の背景に関心を持ち、理解には時間がかかることを受け入れることです。

国籍や性別、世代、立場を越え、「この人には、どんな世界が見えているのだろう」と問いかけてみる。地域、学校、企業における人権啓発やダイバーシティ推進の場に、心からおすすめしたい名講演です。

玉田玉秀斎 たまだぎょくしゅうさい

講談師

高校時代にスウェーデン留学を経験し、帰国後、四代目・旭堂南陵に弟子入り。ブラジルやラスベガスでの海外公演も行い、ポルトガル語や英語での講談を披露。ジャズやアコーディオンとのコラボ、即興講談、地域に根差した町おこし講談、ホームレス支援のビッグイシュー講談など、新作も多数創作している。

講師ジャンル
ビジネス教養 国際化・グローバル
社会啓発 人権・平和

プランタイトル

異文化コミュニケーションのすすめ
~国際派講談師が留学・海外口演で学んだこと~

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