労働災害の防止は、あらゆる企業にとって他人事ではない重要課題です。業種・職場ごとのリスクに応じた対策を講じることで、事故ゼロを達成できます。

本記事では、建設業・製造業のほか、運送業やサービス業など、各業種の防止対策事例を紹介し、安全文化の定着に応用できる取り組みについて探ります。

労働災害の現状

まずは統計データをもとに、国内の労災の発生状況や原因について、近年の傾向を把握しておきましょう。

労働災害の発生状況

厚生労働省の「令和5年 労働災害発生状況」によると、2023年(令和5年)に発生した「休業4日以上の死傷災害」は前年より3,016人増の13万5371件となりました。

特に、転倒・墜落・腰痛などによる災害が多く、転倒災害だけでも26.6%を占めています。「4件に1件は転倒災害」というのが現実です。

また業種別では、建設業・製造業・陸上貨物運送業などで発生率が高くなっています。さらに高年齢労働者(60歳以上)の災害件数が増加している点が課題となっています。

労働災害の主な原因

同省の分析によると、共通して「安全措置の不備」「作業方法の誤り」「作業者の不安全行動」が大きな要因となっています。

建設業では「墜落・転落」、製造業では「はさまれ・巻き込まれ」、陸上貨物運送業では「交通災害」の割合が高く、業種ごとの作業特性が背景にあります。また全産業共通で「転倒」「動作の反動・無理な動作」などが上位に挙げられています。

同じ作業であっても、経験の長さや環境によって災害リスクが変動する点にも注意が必要です。

企業が労働災害を起こしてしまったらどうなるか

それでは、企業が労災を実際に起こしてしまった場合、どのように責任を問われ、具体的にはどのような悪影響があるのでしょうか。

労働災害を起こした企業に問われる責任

労災を起こした企業には、行政処分として罰金や業務停止命令が課される場合があります。刑事責任として経営者・管理職が「過失致死傷罪」で起訴されたり、民事責任として損害賠償請求を受けたりすることがあります。

顧客や取引先、株主からの信頼が失われる可能性もあり、業績への悪影響も憂慮されます。

士気低下や離職など、従業員への悪影響

また、残された従業員にも「こんな職場で働きつづけて大丈夫だろうか」と、士気低下や不安を引き起こすことがあります。

よく知っている人が被害にあったり、発生箇所が身近にあったりすると、仕事への意欲減少は避けられません。ケースによっては、離職や生産性低下も懸念されます。

労災認定による訴訟・賠償金

被害者やその家族が企業に対して訴訟を起こし、賠償金の支払いを命じられる事例も少なくありません。企業側が賠償責任を負うと、損害賠償額が高額になる場合があり、これが経営に大きな影響を与える可能性もあります。また、弁護士費用などの追加コストも発生します。

企業が取り組むべき労働災害防止対策

それでは労災を防止するためにはどのような対策を施せば良いのでしょうか。ここでは主に7種類の施策について説明します。

①リスクアセスメントの実施

「リスクアセスメント」は職場における危険因子を特定し、それに対するリスクを正しく見積もって管理するプロセスです。危険性の度合いを判断し、優先順位をつけて対策を講じるという、労災防止の基本的な手法です。

②5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)

5S活動とは、「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の5つのこと。古くから製造現場で職場環境を改善する手法として浸透していました。

整理で不要物を排除し、整頓で物の配置を効率化。清掃・清潔で職場を衛生的に保ち、しつけ(=教育)で習慣として定着させる、という一連の活動です。

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③機械設備の安全対策

機械設備による災害発生件数が多いことからも、危険箇所への対策は欠かせません。

特に「はさまれ・巻き込まれ」や「切れ・こすれ」などの事故が多いため、安全装置の設置や、定期的な点検が重要です。また、異変を感じたときの運転停止や、機械清掃・調整作業時にも危険防止策や安全ルールを定めておきましょう。

④危険予知訓練(KYT)

危険予知訓練(KYT)は、作業現場のイラストをもとに、そこに潜む危険要因を発見し、対策をシミュレーションする訓練手法です。グループ討議の形で進めたり、実際に現場に立って実践したりすることもあります。実際に起こった事例を活用すると、より効果的です。

⑤ヒヤリハット活動

「ヒヤリハット」とは、業務中に「ヒヤッとした」「ハッとした」といった「危険な状況があったものの、幸いにも災害に至らなかった」事例を指します。こうした経験を収集・分析し、再発防止策を講じると、大きな事故も起こりにくくなると考えられます。

ヒヤリハット事案の報告を習慣化すると、従業員の間に安全衛生への意識が高まります。

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⑥労働災害防止研修の実施

研修の実施もおすすめです。受講者は講師から直接、安全衛生の基礎知識や労災対策について教わります。

労災には事故だけでなく、職業性疾患なども含まれます。体の動かし方やストレスケア、健康維持・増進策まで、さまざまなテーマやプログラムの研修があります。

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⑦熱中症対策

熱中症による死傷者の増加を受け、2025年から、働く人の熱中症対策が企業に罰則付きで義務付けられます。対象は、暑さ指数が所定の基準を超える作業環境の職場です。

社内の体制整備や緊急時の応急処置・搬送手順の取り決めなどが求められるほか、休憩や水分補給場所の確保などもポイントとなります。

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【業種別】企業の労働災害防止の事例

ここからは、実際に企業がどのようなやり方で労災防止に取り組んでいるか、事例を紹介しましょう。労災事例は、一般的なweb検索のほか、各都道府県の労働局などが資料を公表している場合もあります。

製造業の事故防止対策

製造業は、重機やフォークリフト、化学薬品、熱源など、製品によって異なるさまざまなリスクにさらされる業種です。よって現場ごとにリスクを洗い出し、作業手順や環境を改善する施策が重要です。

  • 作業服や防護具のチェックのため、工場の入口付近に見本写真と姿見を設置
  • 慣れない作業に着手する前に必ず「危険予知カード」を配布し活用
  • ロール機の急停止スイッチを拡大し、どの角度からも確実に止められるよう工夫
  • 重いものを運ぶ作業者にパワーアシストスーツを貸与
  • フォークリフトに、接近禁止エリアを地面に照射するライトを搭載
  • 定期巡回時のヘルメットへウェアラブルカメラを装着、後日映像で現場確認
  • 熱中症リスクを検知しアラートを出す「暑さ指数」計測器を携帯

参照: 滋賀労働局 彦根労働基準監督署リーフレット『製造業の現場における安全対策の好事例集』

建設業の事故防止対策

建設業は、墜落・転落、重機接触、挟まれ事故などの重大災害が多いため、常に慎重な安全対策が求められる業種です。近年ではICTの導入も進み、効率的な労災防止に取り組む事例が増えています。

  • 材料搬入時に一時的に手すりを撤去するのを改め、スライド式手すりと安全装置を設置
  • 足場などで見通しの悪い曲がり角にカーブミラーを設置し、作業員同士の衝突防止
  • クレーンでの重量物運搬時に警報器を鳴らし、周囲に危険作業中であることを周知
  • ICT建設機械により掘削範囲・深さを可視化、手元作業員を代替し接触リスクゼロに
  • 外国人作業者に向け標識を多言語化し、4か国語で片側交互通行である旨を路上に掲示
  • 足場の移動時は、親綱を設置し、墜落防止用器具(安全帯)を確実に掛け替えて作業

参照:国土交通省『安全啓発リーフレット(令和5年度版)』 
東京都技術会議『工事災害防止に向けた優良事例

運送業の事故防止対策

運送業では、荷役作業時の「荷物の落下・転倒」や「交通事故」による労災が多く発生しています。事故を防ぐために事業者・ドライバー双方が日常的に取り組むべき対策があります。

  • バス運転士の健康管理強化のため、定期健康診断に加え、血圧測定や睡眠状況確認を日常業務に組み込み
  • 新任運転士への着任者教育として、ハザードマップ活用や災害対応手順も指導
  • ヒヤリハット情報の収集促進のため、スマホから記入できるように整備
  • 現場・管理部門間の情報連絡会を毎月開催し、事故情報共有を迅速化
  • 輸送安全マネジメント制度を導入し、経営トップによる安全管理・改善体制を構築
  • ドライバーが質の良い睡眠をとれるよう、生活習慣の見直しや睡眠環境改善を促進

参照:国土交通省『運輸安全取組事例集 抜粋版
国土交通省公式サイト『運輸安全マネジメント制度とは?

サービス業の事故防止対策

サービス業では、転倒・切創・腰痛など、作業環境や対人業務に起因する労災が多いのが特徴です。ここでは飲食店と介護施設の対策例を紹介しましょう。

飲食店

  • 厨房内の床の滑りを防ぐため、「清掃中」の表示と清掃後の床面乾燥を徹底
  • 食器洗浄や収納時、割れた食器による手指の切り傷を防ぐため、厚手の手袋を使用
  • 重量物の運搬時、台車を活用し、前方確認と複数人作業を推奨

介護施設

  • 入浴介助時、浴室内の転倒リスクに対応するため、滑り止めマットと手すりを設置
  • 移乗・移動介助では、スライディングボードやリフトを活用し、職員の腰痛を予防
  • 感染症対策として、衛生管理マニュアルを整備し、標準予防策を徹底
  • 夜間巡視では、暗所での転倒防止のため、足元灯やセンサーライトを設置

参照: 厚生労働省『飲食店の労働災害防止マニュアル

その他の業種の事故防止対策

その他の業種にも労災発生における特性があり、それに応じた対策が採用されています。ここでは小売業と林業をピックアップしました。

小売業

  • コンビニエンスストアにて、高温機器Z(フライヤー等)作業時、耐熱手袋の着用をルール化
  • ホームセンターで、重量物運搬時に台車を活用し、作業者間の声かけを徹底
  • 家電量販店で、高所への商品陳列時に本来昇降用でない作業台を使わず、脚立など昇降設備を指定

林業

  • 不整地でのチェーンソー作業時は、滑り止め付き安全靴とプロテクターを標準装備
  • 伐倒作業前に、木の傾きや周囲状況を確認し、退避場所を設定するルールを順守

参照: 安全労働衛生総合研究所『小売業の労働災害を防止しよう
厚生労働省『労働災害を減少させた好事例の紹介
林業・木材製造業労働災害防止協会『災害事例研究

効果の高い労働災害防止施策を継続するポイント

最後に、労災をゼロにするためにはどのように対策に取り組んでいけばよいのか、ポイントを4点説明しましょう。

計画から改善まで体系化したPDCAサイクルの導入

PDCAサイクルとは「計画(Plan)で安全対策を立て、実施(Do)後に結果を評価(Check)し、改善(Act)を行う」という管理体系を指します。

安全衛生の国際規格であるISO45001の基軸にもなっている、労働安全衛生管理手法の1つです。ぜひ取り入れて、労災ゼロを更新しつづけましょう。

体制整備・教育など、社員の安全意識を高める基盤づくり

一人でも安全意識の低いメンバーがいると、それが原因で事故につながってしまうこともあります。従業員全体の安全意識を底上げするためには、体制整備と教育が欠かせません。

規模や業種に応じた責任者や委員会を置いて安全衛生管理の体制を明確にし、従業員への教育や訓練も怠らないようにしましょう。

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現場に浸透しやすい標語の作成

現場に浸透しやすい安全衛生標語を作成するのも効果的です。現場への掲示や日々の朝礼での唱和によって記憶すれば、いつでも安全を意識できるようになるでしょう。

自社の職場環境をイメージしやすい内容や、命令形や疑問形・掛け詞などを用いれば、従業員の注意を引き、なおかつ覚えやすい標語になります。

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専門家の知見の活用

可能な限り対策を講じても、社内の人員だけでは気づけないリスクも存在します。また正しい対策のためには、安全衛生関連の法令改正など、最新の知識をキャッチアップする必要もあります。

そこで、知見と経験が豊富な専門家の知見を活用するのもおすすめです。派遣講師による社内研修や、労働安全コンサルタントへの相談なども検討してください。

労働災害防止を啓発するSBの安全大会・教育プラン

システムブレーンは、企業の安全大会開催や安全教育を応援しています。

労災防止はもちろん、健康維持・増進や、安全のためのコミュニケーション強化といったテーマを専門にする講師も在籍しています。業界別や地域別、オンライン対応などの要望もぜひご相談ください。詳しくは以下のページをご覧ください。

安全大会参加者

労働災害の防止は、企業の持続的な成長と従業員の安全を守るための基本です。本記事の事例を参考に取り入れ、業種ごとのリスクに合った具体的な対策を検討してください。事故ゼロを更新しつづけるため、絶えず現場の取り組みを継続・改善し、より安全な環境づくりに努めましょう。

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