厚生労働省の2022年国民生活基礎調査では、男女ともに自覚症状のあるものとして最も多かったのが腰痛、次いで肩こりとなっていて、まさに日本人の国民病といえます。いずれも働く人たちの集中力や生産性を低下させ、経済的損失にも繋がることも明らかになっています。

本記事では、整形外科医および産業保健・安全衛生の専門家として長年、腰痛や肩こりの治療や予防対策の啓発に携わってきた松平浩さんに、腰痛や肩こりの原因、効果的な対策などについて伺いました。

Your Image【監修・取材先】
松平 浩氏

医学博士・整形外科医
テーラーメイドバックペインクリニック(TMBC)院長
ベストドクター

生産性が下がる原因にも!?腰痛と肩こりがもたらす影響

日本人の自覚症状トップ2は、腰痛と肩こり(※1)です。仕事上のぎっくり腰など腰痛による4日以上の欠勤は年に6000件(※2)を超え、世代を問わず、就労に最も影響していています。

松平さんの研究チームの2020年の調査によると、症状を抱えながら出勤することで労働生産性や業務遂行能力が低下し、腰痛や肩こりによる経済損失は、年間各3兆円に上ると試算されています(※3)

同研究チームの1万人を対象にした2023年の調査では、仕事に影響を及ぼす健康上の不調を抱えている人は35%を超え、1位が腰痛、2位が肩こりとなっていて、一人当たりで見ると、腰痛による労働損失額は年間約6万4000円、肩こりは年間約4万5000円と推計されています(※4)国民の訴え、欠勤、生産性低下の3つが長年の社会課題となっています。

昨今、ウェルビューイング(心身・社会的に良い状態)が注目されていますが、腰痛や肩こりで仕事に支障をきたしているほど、心理的なウェルビーイング状態が悪いことも分かっています。

ワークエンゲージメント(仕事にやりがいを感じ、活力のある状態)が低く、ワーカホリズム(仕事中毒)が高い状態の人の腰痛リスクは、ワークエンゲージメントが高く、ワーカホリズムが低い人に比べて2倍以上になっています。これらのデータからも、職場や仕事の向き合い方も、大きな影響を与えていることが分かります。

参照:(※1)世帯員の健康状況(厚生労働省 2022年 国民生活基礎調査より
(※2)業務上疾病発生状況等調査(令和5年)|厚生労働省
(※3)労働損失について(2020年・松平さんの調査論文)
(※4)労働損失について(2025年・松平さんの調査論文)

姿勢や生活習慣も要因に!腰痛と肩こりの原因とは?

まず、腰痛の原因は「腰自体」と「脳機能」の不具合が指摘されています。
前者は、持ち上げや腰のひねり、不良姿勢などにおける腰への負担です。後者は、仕事や人間関係のストレス、痛みへの強い不安など、心理的ストレスが原因で脳機能に不具合が起こり、痛みとして症状が現れるということです。

心理的ストレスが交感神経を刺激し、自律神経のバランスを崩して緊張を高めます。心理的ストレスを抱えながら、腰に負担がかかる行動をとると、姿勢バランスが乱れて、ぎっくり腰が起こりやすくなることも分かっています(※5)

腰痛を引き起こさないためのポイントは体との距離です。
体から遠い位置で物を持ち上げる作業は、ぎっくり腰やヘルニアのリスクを高めます。体に近い位置で、胸を張って、お尻を突き出すイメージで持ち上げることが重要です。

参照:(※5)心理的負担の影響について(松平さんの2013年調査論文)

▲動作や姿勢による腰への負担(松平さん提供)

さらに、過度のストレスを避け、睡眠、適度な運動といった生活習慣も大切です。睡眠の質が悪いと、翌日の痛みが過敏になり、症状を感じやすくなります。

また、コルセットは腰痛に対する直接的な予防効果はなく、安静にしすぎることも腰痛対策として正しくありません。適度に体を動かすことで、症状が軽減するのです。

続いて肩こりの要因です。顔が前に出て下を向く姿勢は、首周りの筋肉への負担が大きくなり、肩こりを引き起こします。

座った時の肘の角度が直角だと筋肉に負担がかかりやすく、120度以上の角度がよいと言われています。必要であればノートパソコンスタンドなどを使って下向きにならないようにし、パソコン画面と顔の距離をとって背もたれに背中をつけるように座ると、腕の角度が鈍角になり姿勢がよくなります。腰痛と同様、心理的ストレスも肩こりの要因となります。

姿勢による体への負担(松平さん監修・翻訳の医道の日本社「英国医師会テキスト」より一部抜粋)

肩こりは女性に多く見られますが、5時間以下の睡眠不足や仕事上での悩みで憂鬱の経験があることが重症肩こりの危険因子となることが分かっています(※6)

なお、大きな病気が隠れていないか判断するために医療機関に行くことを推奨しています。ガンの転移や、感染性の炎症など、検査で原因が分かれば、速やかに治療ができます。以下の症状がある場合は、どこの痛みであっても医療機関にかかることをおすすめします。

  • じっとしていても、1日以上うずく場合
  • 痛み止めを飲んでも痛みがすぐにぶり返す
  • ガンの治療歴がある
  • お尻から太もも以下にジンジン、ビリビリする痛みやしびれがある、
    あるいは首・肩から腕にかけてジンジン・ビリビリする痛みやしびれがある
  • 就寝時に痛みで目が覚める

参照(※6)睡眠5時間未満等の重症肩こりのリスクについて(松平さんの2016年調査論文)

今すぐ始められるセルフケア

では、腰痛と肩こりにはどのような対策が有効なのでしょうか。

腰痛がある人の中には、太ももの裏や、逆に太もも前の筋肉が固い人もいます。猫背の人は、背中の上部分やお尻、太もも裏の筋肉が固くなりやすく、反り腰の人は、太もも前の筋肉や背中全体が固くなりやすいです。一人ひとりの状態に合った適切な運動と、正しい理解が重要です。

一方、多くの人におすすめできる有効な腰痛対策となる体操を一つご紹介します。「これだけ体操」という短時間で行えるものです。

▲YouTube『松平浩のこれだけ体操2020』

  1. 足を肩幅より広めで、平行にして立つ
  2. 両手をお尻にあてる
  3. 息を吐きながら、つま先重心で上体をゆっくり後ろに反らせて3秒キープ
    (骨盤をしっかり前に押し込むイメージ)

肩こり対策も適度な運動が必要ですが、人それぞれ合う運動が違います。
例えば、肩の回し方は、手を組んで前後に伸ばした際の気持ちよさで判断できます。前に伸ばして気持ち良い場合は肩を前に回し、後ろに伸ばして気持ち良い場合は後ろに回すのが合っているでしょう。

肩の体操を一つご紹介します。小さく前ならえをして、脇をしめて、手のひらは上に、肘の角度は直角にして、肩甲骨を寄せるように手を動かします。顎を水平に引くと姿勢がリセットされます。これは肩の後ろ回しが合っている人にフィットするエクササイズでもあります。

▲肩の体操の一例(松平さん提供)

体操を習慣化するための工夫とは?

しかし、これらの体操も継続しなければ意味がありません。日常の中で体を動かすことをいかに習慣化できるかがカギとなります。

厚生労働省の報告によると、ぎっくり腰の時間別発生状況をみると、午前中に多くなっている(※7)ことから、始業前に従業員全員で体操をしたり、各自お昼の休憩時に行ったりするなど、定期的に体を動かす時間を作ることが対策の一つです。

コピーをとりながら待ち時間に「これだけ体操」をすることで、腰痛者が減ったという事例もあります。作業に応じてその都度、身体を動かしたり、オンライン会議の最初に立って「これだけ体操」を行ったりと、ブレイクと呼ばれる座位作業の中断を意図的に導入することをおすすめします。

参照:(※7)職場における腰痛発生状況の分析について(出典:2008年厚生労働省)

腰痛や肩こりの悪化要因と日常でできる意識とは?

腰痛や肩こりの悪化要因は「悪い姿勢」と「同じ姿勢の継続」です。

デスクワーク時には、首が前に出ないよう顎を水平に引き 耳が肩のラインにくるように意識し、軽く下腹部に力を入れると姿勢が改善されます。こうした小さな意識が症状の軽減と猫背姿勢の予防・姿勢改善に繋がっていくのです。

医学的にも、座りっぱなしの時間が長い人は糖尿病や死亡リスクを高めることが分かっています。座位時間を短くしたり、「これだけ体操」を取り入れたりするなどして座位時間を中断させる機会を増やすことが大切です。

一方、痛みに意識を向けすぎると、脳の偏桃体が過活動になり、痛みに過敏になります。意識をそらすために、瞑想などのマインドフルネスもおすすめです。1日の中で、例えば、軽く目を閉じ、ゆったりとした気持ちで深呼吸をする時間(1分から)を設けてみてはいかがでしょうか。

取り組みの継続で仕事のパフォーマンス向上

松平さんの講演ではセルフケアの方法や参加者に合わせた具体的なエクササイズを学べます。

松平さんの講演から約5カ月後に実施した参加者アンケートでは、「何らかの取り組みを続けている」と回答した人が75%となり、歩くことや肩回し、姿勢をよくするなど何らかの取り組みを続けていることが分かりました。さらに、「仕事のパフォーマンスが上がった」と回答した人の割合は、70%を超えました

少子高齢化が進み、労働人口が減少する中、生産性の向上はますます重要になっています。企業の経営戦略においても従業員の健康増進は、欠かせない要素です。また、健康寿命の延伸は、高年齢の働き手を増やし、人材不足の解消にも寄与します。

足腰の健康は個人、組織、そして社会にとって重要な資本です。将来への投資として、従業員の健康維持に向けた取り組みを始めてみませんか?ぜひ講演の開催をご検討ください。

松平 浩 まつだいらこう

医学博士・整形外科医
テーラーメイドバックペインクリニック院長
ベストドクター

腰痛治療・運動療法の第一人者。東大22世紀医療センター・福島県立医科大特任教授等を歴任。2018年より[医師が選ぶベストドクター]連続選出、保健文化賞受賞(天皇皇后両陛下拝謁)など。職場や家庭で即実践できるチェック法や運動、姿勢改善法なども交えた講演が大好評。著書、メディア出演多数。。

講師ジャンル
実務知識 安全管理・労働災害 医療・福祉実務
文化・教養 健康

プランタイトル

仕事の効率を下げる日本人の2大原因
~明日から出来る腰痛と肩こり対策~

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