新型コロナウイルス感染拡大によって私たちの生活は大きく変化しました。それは学校や家庭、職場だけではなく、保育の現場でも起きています。
保育の現場では、今どんな問題が起き、今後どのような対応をとっていけばよいのか、東京大学名誉教授であり、全国保育士養成協議会会長の汐見稔幸氏より、教育学の観点から解説していただきます。

コロナ禍における保育現場の問題

私たちはコロナ禍を経験するなかでさまざまな影響を受けました。感染予防が重視され、ソーシャルディスタンス、移動の制限、外出の自粛など、いつもできていたことができなくなり、行動様式も大きく修正しなければならなくなりました。

それは、保育現場においても同じです。
保育士は、感染してはならない、感染者を出してはならないという強い緊張感のもと、マスクやフェイスシールドをつけ、いつも以上に密着を避けて、子どもたちと関わらなければなりません。1日数回の検温に、園舎やおもちゃの消毒、換気の徹底、食事や昼寝中のソーシャルディスタンスの確保と、これまで以上に気を遣いながら保育をせざるを得ず、気力や体力を消耗しています。
さらに、予定されていた保育園の行事も大きな修正を余儀なくされ、保育の現場は、保育士のストレスと人手不足が重なって大きな問題が生じています。保育士のストレスと人手不足は以前から問題視されていました。それがコロナ禍によって、より浮き彫りになったわけです。

今回のコロナ禍によって、現代社会の弱点や課題、問題点が多角度から浮き上がり可視化されたように思います。
この可視化された問題を、保育園や保育従事者はどのように向き合って、解決していくのか、次の章で詳しく解説していきます。

コロナ禍で得た気づきをコロナ後も追及していく

コロナ禍で保育の問題が噴出する一方で、独自の気づきや工夫でこのコロナ禍を乗り切った園もあります。

例えば、自粛期間で登園する子どもの数が減ったため、通常よりきめ細やかな保育を実施できたといった園がありました。実は、国が定めている保育士の配置基準は、4歳以上の子どもの場合30人に1人ですが、これがスウェーデンであれば18人に対して3~4人、イギリスでは13人に対して1人と諸外国に比べても、日本はあまりよい保育環境とはいえません(参考:【論文】コロナ禍と保育)。今回のコロナ禍で改めて保育士不足に気づき、園として人員の確保に乗り出したそうです。

また、複数の保育園から、行事の開催に関して、3密を回避するため「2回に分けて開催した」「オンライン開催した」など、各園での工夫事例も聞かれました。

実は、今回のコロナ禍が得られたこのような気づきや工夫こそが、今後の問題解決には役立つ可能性があります。ここで終わりにするのではなく、さらにそれを本格的に追求していくことで、よりよい保育の筋道が見えてくるのです。

今後も、このコロナ禍で経験した大切だと感じたことを各園で書き出し、全職員の合意のもと、園の課題として継続して追求してほしいものです。

フィジカルディスタンスがだめならばメンタルディスタンスを密にする

保育の基本に、「アタッチメント」という言葉があります。これは、心理学用語で「愛着」と訳されていますが、保育の現場では、子どもが不安や恐怖を感じた時に、傍にいてあげること、やさしいまなざしを送ること、ときに子どもの体をさすってあげたり、抱きしてあげたりすることを言います。そうすると、子どもの不安や恐怖が和らぐことがわかっているのです。

しかし、コロナ禍では、ソーシャルディスタンスを守る必要があるため、直接の身体的な接触(フィジカルディスタンス)でのアタッチメントが難しくなってきます。
また、保育士がマスクをつけることは、感染予防の観点からとても必要なことですが、子どもたちには表情が分かりづらいため、不安に感じることもあります。

こんなときだからこそ、フィジカルディスタンスではなく、心理的な距離を縮めるメンタルディスタンスが重要です。
メンタルディスタンスに密にするためにも、保育時には以下のことに注意して対応するようにしてください。

1. 安心できる環境

第一に、メンタルディスタンスでは子どもたちに不安を与えない環境を作ることが肝要です。子どもたちが困っているなと思ったときにはすぐに手助けをし、暴言・暴力はもっての外、上手や下手などの安易な評価でプレッシャーを与えたりしないなど、とにかく、子どもたちが不安に感じる要素はできるだけ取り除き、愛情を感じられる環境を整えてあげるようにしましょう。

2. 生きるって面白い!と思える保育

コロナ禍では園外での活動も制限されますが、裏を返せば、園内の活動を充実させることができます。園庭で季節を感じるものを探してみたり、各家庭で拾ってきた葉や枝、石で工作をしてみたりと、その時期のその子の生活を思いきり楽しむような保育を提供するとよいでしょう。

3.結果よりプロセスを重視した保育

保育所保育指針で定められた5領域は、「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」です。この領域の目標を具体化するために、結果としてあれこれができることを目指すのではなく、それにふさわしい心情・意欲・態度を育成することになっています。これは、子どもたちがさまざまなことを感じ、自ら意欲的にチャレンジする態度を育成することを意味しますが、コロナ禍においては、心情・意欲・態度の育成は特に重要です。

幼児期の子どもたちは好奇心いっぱいです。危ないからダメ、事故になるからダメではなく、まずは子どもたちがなぜやりたいと思ったのかを考え、危険ではない方法で実現できるかを考えてみる。できれば、やりたいことのできる環境を作ってあげることも大切です。

また、心情・意欲・態度の育成には、結果ではなくプロセスを重視することが大事です。挑戦するまでの過程で得られた発見や驚きを共有しながら、子どもに「楽しい」と思わせる経験を多く作っていくとよいでしょう。

4. 子どもたちが園は大好き、先生も大好きと感じられる保育

コロナ禍では、家庭環境や周囲の大人の精神状態も不安定になり、それは子どもたちにも大きな影響を与えています。普段以上に不安を抱えている子どもたちも多くなっています。

だからこそ、保育士は普段以上に子どもたちに「自分たちが愛されている」と感じられる環境を作らなければなりません。フィジカルディスタンスは制限されますが、「先生は〇〇ちゃん(くん)のことが大好きだよ」「〇〇ちゃん(くん)といると楽しいな」など、子どもたちが愛されていると思える声掛けをたくさんしてあげてください。

また、子どもたちが困っているときや泣いているときには、すぐに寄り添って話を聴いてあげてください。そうすることで、子どもたちは「自分は先生から愛されている、大事にされている」と思うようになり、子どもたちと保育士の間で密接なメンタルディスタンスが構築されます。

ていねいな保育の実践

これまでは、全般的な保育のあり方と課題について述べてきましたが、具体的な改善策は、乳児や幼児によっても異なります。
しかし、どちらにも共通していることは「ていねいな保育」を心がけ、実践することです。

例えば、乳児であれば、同じ時間に一斉に食事をしたり、寝たりするのではなく、可能であれば一対一での対応をとるようにしたり、作業的になりやすいおむつ替えのときでも、しっかりと子どもの目を見て「おむつ替えしてもいい?」「いっぱい出たね」と声掛けしながら行ったりと、普段以上にコミュニケーションを重視するようにします。

幼児であれば、密にならない工夫をしながらも、さまざまな子どもの興味が満たれるような環境づくりを実施します。子どもによって興味は異なるため、園のあちこちにビオトープや登れる木、虫探し可能の場、大きな粘土、砂場などを置き、興味をもった子どもたちが自分の世界に没頭できる環境を作ります。これも一つの「ていねいな保育」の実践例といえるでしょう。

「そもそも論」で保育の見直し

「ていねいさ」を念頭において保育の見直しを行っていくと、必ず「そもそも論」にぶち当たります。
「そもそもこの行事はなぜ開催するの?」「そもそも保育園は何をするところ?」 などといった疑問につながってきます。
そこで出てきた本質論をビジョン化することで、何をどのように見直しすべきなのかが見えてきます。

例えば、「そもそも、保育室って、なんのための部屋?」と考えた時、どんな使い方をするのか保育士全員で出しあいます。

作業室、寝室、食堂、会議室…

それを一室で兼ねることは可能なのであろうか…?

また、一つの疑問が出てきます。一室で兼ねることが難しいのであれば、作業室や会議室を他に設けてみたりすることも考えられるでしょう。

この時に大切なのは、この見直しの方法をすぐに園共通のミッションとしないこと。実現するための方法や環境作りはまずは担任や保育教諭に任せることが大切です。

コロナ禍になったことで、保育の中で気づいたこと、大切に思われたこと、たくさんあると思います。このコロナ禍を「禍」ではなく「チャンス」と捉え、これまでの保育を見直してみてください。

汐見稔幸  しおみとしゆき

東京大学名誉教授、白梅学園大学名誉学長、日本保育学会理事(前会長)、全国保育士養成協議会会長


教育・青少年育成

教育学、子どもの発達的人間学(教育人間学)、特にことばと人間形成を専門とする教育哲学者の一人。わかりやすくユーモアにあふれた講演内容は、教育現場で働くプロの教育者から子育て中の親まで幅広く支持されている。著書『教えから学びへ-教育にとって一番大切なこと』(河出書房新社 2021年)など。

プランタイトル

「今、保育の中で大切にしたいこと」 ~コロナ禍で気づいたことや得たこと、見直したことを生かしつつ~

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