家族や親しい人ががんになったとき、私たちは実際に何ができるのでしょうか。一方、がん患者とその家族に対して、医療従事者はどのようなケアをすればよいのでしょうか。
本記事では、闘病する妻をみとった経験を持ち、『がんフーフー日記』の著者でもある作家・編集者の清水浩司氏より、がん患者や家族が抱えるストレスや悩み、そして、患者とその家族にどのようなケアが必要なのか、講演の内容をもとに解説していただきました。闘病ブログを書くことで救われた思い、そこから導き出された「聴き書き」という活動内容について、詳しくご紹介します。

Your Image【監修・取材先】
清水浩司氏

作家
ライター
編集者

がん患者と家族が抱えるストレス

▲講演で使用されるスライドより

がん患者とその家族が抱えるストレスはさまざまです。一般的に大きく二つの悲しみとして分けられると考えており、一つが根本的な問題点である、がんの痛みやつらさといった「一次的悲しみ」。もう一つが、一次的悲しみの次に出てくる、自分だけが取り残されているような孤独感や、状況を理解されないといった「二次的悲しみ」です。

「痛い」「つらい」という「一時的な悲しみ」は患者さんご自身でしか癒やせませんが、周囲と自分との差などから生まれる孤独感などの「二次的悲しみ」は、がん患者の友人や医療従事者など、周囲の人々のケアでも癒やせるものです

がん患者やその家族は、闘病生活が進む中で孤独感に包まれてしまいます。自分だけが取り残されているような感覚や、周りに状況を理解されていないという悲しみなどを抱えます。

妻の直腸に腫瘍が発見されたのは、彼女が妊娠した直後のことです。大きな病院で再検査すると、すでにステージ3の直腸がんで、リンパに転移していると分かりました。がん治療をするために、妻は妊娠28週目のときに帝王切開で長男を出産しました。
出産した直後、妻は長男の誕生を喜んでいました。しかし、つらい抗がん剤治療が始まり、次第に弱く衰えていく自分を感じる中で、母親らしいことができないことに情けなくなったのか、長男を病室に連れてこないでほしいと言い始めました。その時の妻は、
「なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのだろう……」
「どうして私は普通の母親のようにふるまえないのだろう……」
といった、想像を絶するほどの「二次的悲しみ」を抱えていたと思います。

私も仕事、子育て、看病の並立にてんてこ舞いで、精神的にも追い詰められていました。しかし、がん発覚と同時に始めた闘病ブログを読んで、たくさんの友人がそこにコメントを寄せてくれました。
「大変だね」
「ブログ見ているよ。よく頑張っているね」
とねぎらいや励ましの言葉をかけてくれました。どんなに辛い状況でも、「誰かがこの辛さをわかってくれている」という感覚は大きな助けになるものです。このような言葉に、妻も私もとても救われたという経験があります。

妻は闘病中、あまりのつらさに泣き出したことがあります。その時、そばにいた看護師さんが妻の肩に手を置いて、
「あなたのつらさは、私もよく分かっていますよ。一緒に進んでいきましょう」
と言ってくれました。妻は心の荷が軽くなったようで、どこかスッキリとした顔をしていたのを覚えています。
ここで重要なのは、友人も看護師さんも、私たちに「共感してくれたこと」です。

闘病やその看護というのは本当に孤独なものです。周囲が、そのようなつらい状況を理解し共感してくれるということは、二次的悲しみを和らげることにつながります。

例えば、看護師さんが「大変ですね、大丈夫ですか?」と言葉をかける。「一緒に頑張っていきましょうね」と寄り添う。それだけでも、患者やその家族の二次的悲しみやつらさは、幾らか軽減されるのです。

妻の闘病中に始めたブログの意味

▲闘病ブログ。最初のページにはブログを始めた理由がつづられている

私は、妻の闘病生活中にブログを始めました。闘病と妊娠が重なり、出産を機に家族の物語をのこしたいと思ったのがきっかけです。もともと文章を書く仕事をしていたため、日々あったことを整理できればという思いもありました。

ブログを続けていくうちに、それが友人や知人と連絡を取るための手段になることや、書くことで自分の気持ちが発散され、救われている自分がいるということにも気づきました

遠くにいる両親や友人に闘病生活をしている今の状況を分かってもらえたり、同じような状況の方から共感のコメントを頂けたりすることもありました。
また、妻も時々ブログを書くようになり、交換日記のような形になった時期もありました。妻も書くことが好きな方で、わりと楽しんでブログを書いていたと思います。口で言えないことも、文章であれば自分の気持ちを素直に出せることもあり、文章を読んで妻の考えがわかることもありました。

ブログを続けるうちに、気づけばたくさんのコメントを頂くようになっていました。ブログを通して、一つのコミュニティが出来上がっていたのです。

闘病中、妻がどうしても故郷のいわき(福島県)に戻りたいと言うので、帰省したことがあります。その時、このブログを見てくれていた友人たちが、「ヨメハゲフェス(=嫁を励ますフェス)10’」を開催してくれました。30人くらいの友人が集まってくれて、挙げられていなかった結婚式をすることができたのです。妻はこの素敵なサプライズに、感極まってわっと泣いたことを覚えています。

▲「ヨメハゲフェス10’」に集まってくれた友人たちとの記念写真

自分の気持ちをブログという形で吐きだし、それに対して共感する声を頂ける。ブログのおかげで、友人や遠くにいる家族も共に病と闘ってくれている。そんな一体感が生まれ、闘病中、妻も私も大変救われました。

このブログは1冊の本となり、家族の物語を遺すことにつながりました。妻を亡くした直後は言いようもない喪失感に襲われましたが、ブログや本の中で妻の存在は永続しています。終わったわけではないんだと思え、悲しみを昇華することができました。

こうした経験から、患者とその家族の立場にある人は、状況を理解してもらうだけでも気持ちが少し楽になる、そして、つらい気持ちや不安な気持ちは溜め込んでおくより、形にして外に出し、「遺す」ことが大切なのだと感じたのです。

それが、私が今お手伝いさせていただいている、末期患者の方への「聴き書き」の考案につながりました。

グリーフケアにもなる「聴き書き」のすすめ

グリーフケアとは、家族や親しい人が亡くなったとき、その「喪失」と「立ち直り」の二つの感情に揺れ動かされて不安定になってしまう状態に、さりげなく寄り添い、援助することを指します。

「聴き書き」にはこのグリーフケアの効果もあるため、近年、介護やボランティア現場でも注目されています。

「聴き書き」では、まず聞き手が患者さんの言葉に耳を傾け、言いたいこと、伝えたいことを聞き、それを文章化します。これまでの人生を振り返ることもあれば、今の気持ちを文章にすることもあります。
「聴き書き」の聞き手になるのは、基本的に家族ではなく第三者です。第三者が入ることで、家族には面と向かって言えない気持ちや、今までの思い出などを客観的に話すことができます。

この「聴き書き」の活動を始めた頃、ある病院から「聴き書き」をしてほしいという依頼が来ました。依頼者は、2人のお子さんをお持ちの、46歳になる元緩和ケア認定看護師の方で、直腸がんのステージ4という状況でした。人生の残り時間を知ったとき、自分の症例を世間に知らせたい、そして、母として子どもにメッセージを残したいというご意志があり、自宅療養中に52分間の「聴き書き」をさせていただきました。

女性は、一言一句をかみしめるように、そして時折泣きながら、その時の気持ちを吐露し、これまでの人生を振り返っていらっしゃいました。それを文章にして、ご本人に確認していただいた1週間後、その女性は亡くなりました。1冊の本になった聴き書きはご家族の意志により、その女性の告別式で参列者の方々に公開されました。女性のお父様は、「皆さんに娘の気持ちを知らせることができて良かった」と感動され、同僚の方も「まるで彼女が私たちにも話しかけてくれているようだった」と喜ばれていました。

「聴き書き」には、患者本人、その家族の立場から見て、以下のようなメリットがあると考えています。

【患者本人のメリット】

  • 溜め込んでいた気持ちを外に吐き出せる
  • 素直な気持ちを伝えられる
  • 自分の感情や生涯を冷静に捉え直すことができる
  • 誰かに自分の真情を受け止めてもらうことで、気持ちが癒される

【家族のメリット】

  • 亡くなった家族の存在を永続的なものにできる
  • 普段の生活では知りえなかった家族(友人)の本当の想いに触れることができる
  • 患者に癒しの時間を提供することができる
  • 悲しみや苦しみを整理できる
  • ファミリーヒストリーを作ることができる

当人とその家族が、苦しみや悲しみを溜め込んだままにせず吐き出せること、そして、自分で書くのではなく、人に話すことで思いを残せる。結果的に、それがグリーフケアになると考えています。

患者とその家族に寄り添ったケアをするために

「聴き書き」は、治療の望めない末期患者をはじめ、がん患者、そしてその家族の二次的悲しみを和らげることにつながる作業です。
「ディグニティ・セラピー」という言葉がありますが、これは、患者さんの尊厳を維持するための療法で、終末期患者の心理的療法アプローチにも取り入れられています。聞いてくれる人がいることで気持ちが楽になったり、自分の人生や思いを客観視できる機会になるのです。
私がこの「聴き書き」に携わるようになってから8年ほどたちますが、カウンセリングの主な技法である「傾聴」は医療の世界でも非常に役立つものだと実感しています。

私の講演では、「聴き書き」をする際の聴き方のコツや注意点、音声を文字に書き起こすときのポイントなどをお伝えしています。
がん患者とその家族のケアを模索中の医療従事者の方や、グリーフケアのひとつとして「聴き書き」に興味を持たれた方、そして誰かの人生を「物語」として遺すことに意義を感じておられる方は、ぜひ講演に足を運んでいただけたらと思います。

清水浩司   しみずこうじ

作家、ライター、編集者


作家医療・福祉関係者評論家・ジャーナリスト

2015年公開の映画『夫婦フーフー日記』(主演:佐々木蔵之介、永作博美)の原作者。闘病する妻を看取った経験を基に、「身近な人が“がん”になったとき」「最愛の人を亡くした後のグリーフケア」などについて講演。執筆の傍ら、ラジオのパーソナリティ、テレビのコメンテーターなど多方面で活躍している。

プランタイトル

最愛の人を亡くした後のグリーフケアの必要性について

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