2021年の転職者は288万人(総務省調べ)であり、転職市場は活況を呈している一方で、あるアンケート調査では転職後1年以内の実に4割近く(37.8%)が「(転職先で)長く勤めるつもりはない」と回答しています。特に中小企業において、離職率の高さと慢性的な人手不足が浮き彫りとなっているのが現状です。

そこで、大手人材紹介会社の教育研修部長として長年従事してきた「転職定着マイスター」の川野智己氏が、転職市場の現況と改善するための秘策を解説します。その経験やノウハウは、『AERA.dot』(朝日新聞社)や『bizSPA』(扶桑社)にて掲載され、朝日新聞webサイトでも特集されています。

Your Image【監修・取材先】
川野智己氏

転職定着マイスター
(元大手人材紹介会社教育研修部長、元伊藤忠アカデミー教育研修MG):
「人材定着・早期離職防止」専門家

転職市場 その本当の姿とは

2022年8月に発表された「令和3年雇用動向調査結果の概況」によると、2021年に仕事に就いた人の数は、約7,200,600名、退職した人は約7,172,500人です。入職者数と退職者数に大きな差はありませんが、ここで注目すべきは一般労働者(正社員)では、入職者数(約4,045,700人)よりも退職者数(約4,129,900人)の方が84,200人ほど多く、前年に比べても201,500人ほど増加している点です。

2021年及2020年の正社員の入職者と退職者数(単位:千人)

1月1日現在の常用労働者数 入職者数 退職者数
2021年(正社員) 37,140.6 4,045.7 4,129.9
2020年(正社員) 36,748.9 3,914.4 3,928.4
前年比(正社員) 391.7 131.3 201.5

▲データは厚生労働省「令和3年雇用動向調査結果の概況」の「表1 令和3年の常用労働者の動き」より引用

中小企業における離職率の高さが浮き彫りに

次に、退職者(離職者)数を企業規模別に見ていきましょう。令和3年度の企業規模別(従業員数別)平均離職率は「1,000人以上」の企業が12.8%、「300~999人」が12.3%、「100~299人」が18.7%、「30~99人」が15.7%、「5~29人」が13.9%です。中でも、「100~299人」規模の中規模企業の離職率が最も高く、特に中小企業において離職率の高さが浮き彫りとなりました

また、2014年に中小企業庁が発表した「中小企業・小規模事業者の人材確保と育成に関する調査」(2014年12月、(株)野村総合研究所)によると、中小企業・小規模事業者において、採用後3年間の離職率は中途採用では約3割、新卒では実に4割以上と高い数値を示し、中途採用と新卒採用の両方を合わせて、実に半数近くが就職後3年以内に退職しているのが現状です。

さらに、2017年に労働政策研究・研修機構が発表した「労働政策研究報告書 No.195 中小企業における採用と定着」によると、300 人未満という中小規模企業での入職の状況と退職の状況を見てみます。それぞれの平均人数は、新規採用者が4.92 人ですが、その中で2.25 人は退職しています。中途採用者は12.92 人の入職に対し、11.01 人が退職していることがわかります。会社に残るのは新規採用者で1.67人、中途採用者で1.91 人となっています

これらのことから、特に中小企業において転職後の離職率の高さが伺えます。中小企業における転職後の離職率の高さは社会的な問題となっており、結果として、中小企業景況調査で「全産業の従業員数過不足DI(現在の従業員数を、直近の営業状況と比べた場合に不足している企業の割合と、過剰な企業の割合)を見ても、中小企業においては慢性的な雇用不足」といわれる現状があります。

なぜ中小企業で離職率が高いのか その本音に迫る

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)」(2020年3月)によれば、勤務年数によって多い退職理由には、以下のような違いがあります。

<1年以内>

  • 労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった
  • 人間関係が良くなかった
  • 肉体的・精神的に健康を損ねた
  • 仕事が上手くできず自信を失った
  • 自分がやりたい仕事とは異なる内容だった

<5年以上>

  • キャリアアップのため
  • 会社に将来性がない
  • 賃金の条件がよくなかった

これらの理由をみると、中小企業に多い1年以内の退職者では、労働時間や休日・休暇の条件が思っていたものと違ったり、人間関係に悩んだり、仕事が上手くできなかったために自信を失ったりしてしまうことが退職の原因だと考えられます。一方で、勤務年数5年以上の退職者は、長期的視野で考えたときに条件や会社の方向性が合わないと判断したことが退職の主な原因となっています。

また、総合求人サイト『エン転職』が2022年8月~9月の期間に「本当の退職理由についてアンケート」と題して実施した調査によると、本当の理由を会社に伝えられなかった人は全体の43%にものぼります。また、会社側に伝えた退職理由としては「新しい職種や別の業界にチャレンジしたい」という理由が約半数を占めました。

しかし、本当の退職理由としては、第1位「職場の人間関係が悪い」(35%)、第2位「給与が低い」(34%)、第3位「会社の将来性に不安を感じた」(28%)が上位になっています。これを見ると、退職者が会社に明らかにした退職理由と、実際の理由にかなりの乖離が見られることがわかります。

転職者を定着させるための「居酒屋理論」とは

これらの統計から読み取れる問題点は、転職者が定着せずに退職したり、もしくは不満分子として燻(くすぶ)ったりしてしまうことにあります。退職してしまえば人材不足・人員不足の解消につながらず、不満分子として燻ってしまえば、既存の他社員のモチベーションの低下、多額の採用コストの浪費、育成にかける時間の無駄などにつながってしまうのです。いずれの場合も、転職者を迎え入れる企業としては、人件費の無駄や機会の損失を招き、収益に大きなダメージを受けることになります。

中でも、転職者を対象に『エン転職』が行った前述の「会社に伝えなかった本当の退職理由」の調査で示された内容は大変興味深いものです。これまで企業が「退職は転職者の個人的な理由」「人材が自社に合っていなかった」と、転職者個人の問題に帰結させてきた問題は、実は受け入れる側の対策の不備だった、ということを企業につきつけていると言えるでしょう。

たとえ、即戦力や経験者として採用した人材であっても、その定着や活躍のためにはきめ細かいケアやフォローを企業として行う必要があります。具体的には、以下の3点を施策として行うと良いでしょう。

1.入社前、入社直後における説明責任の履行

「評価制度への不満」「仕事内容への不満」「残業が多い」などの退職理由は、事前の転職者に対する説明が不足していたと考えられます。「あ・うんの呼吸」で察してくれるだろうという期待はもはや現代の若手や中堅には通用しません。ミスマッチを防ぐ意味からきめ細かく説明を行い、入職にあたって納得を得る仕組みづくりが必要です。その意味では、採用プロセスの見直しや面接官を養成することも視野に入れましょう。

2.情報やノウハウの集積や簡便な検索の仕組みづくり

転職者は、「忙しそうで聞いたら悪いのでは」「経験者として入社した手前、立場上安易に聞けない」といった気後れから、既存の社員に対して業務上の質問がしにくい環境に置かれています。結果として、転職者の持つ本来の力量が発揮できず、大きな事故やトラブルを招く結果になってきました。散逸しがちな書類のファイリングや社内イントラ上のデータの集約・管理を進め、人に頼らなくてもいつでも気軽に転職者が主体的に情報やノウハウにアクセスできる環境づくりなどが必要です。これは、既存の社員にとっても、業績アップにつなげる「社内ナレッジ(ノウハウ)の集積」という面も果たすため、大きな意味がある取り組みになります

3.きめ細かいコミュニケーション・フォロー

転職者の多くは職場で頼れる人や相談できる人がいない状態であり、孤独を感じています。現に、転職者の実に59.4%が孤独を感じているという統計もあります(2020年パーソルキャリア社「転職者の転職後の悩みと相談相手に関する意識調査」より)。「社風や風土に合わない」「人間関係が悪い」という退職理由に対しては、上司や人事部門によるカウンセリング・面談を行うことが是非とも必要です。面談者の面談能力の養成もその一つとなります。

企業が取り組むべきこれら3つのポイントを「居酒屋理論」と銘打ち、わかりやすく実践しやすいメソッドとして多くの企業に展開しています。これは、上記①〜③を居酒屋の仕組みになぞらえ、居酒屋での光景を思い出すことで、職場でも思い出しやすく、実践しやすいようにしたものです。

<居酒屋理論>

  1. 入店時に「〇分間で飲み放題」「1名あたり〇円」と、店と客との事前合意をとる
  2. 店員に対して客が毎回声かけをする必要がない、タッチパネルでの検索・注文の仕組みをつくる
  3. 店員が客にまめに声をかけ、要望や困りごとを吸い上げるコミュニケーション

なお、転職者本人に対するスキル「ハンバーガー理論」は、朝日新聞webサイトにて特集され、全国的に広く紹介されています。転載先のyahooニュースでは、掲載当日の多くの経済社会や芸能まで含めた全てのニュースの中で「国内アクセスランキングの3位」となり、高い注目を集めました。

離職率を1年で4分の1に減らす

川野氏は、過去に自ら考案した「転職者の離職防止(転職定着)と活躍支援」策によって、1年後の離職率を44.0%から9.1%に飛躍的に改善させた実績があります。その際、転職者本人に対するマインドおよび行動の変容を促すソリューションと、迎え入れる転職先企業に対するソリューションを分けて展開・提供しています。

まず、転職者もしくはこれから転職を迎える人に対しては、セミナーでマインドや行動の変容を促します。一方、迎え入れる転職先企業に対しては、豊富な生々しい事例を使った経営陣や管理職への講演の開催や、先に説明した「居酒屋理論」に基づく以下のような提案をしています。

  1. 面接官教育、論理的表現力研修、採用時説明ドキュメントの作成、転職者も不利にならない人事評価制度の構築など
  2. 全社員対象の情報整理研修など
  3. 既存社員向けの人事面談力研修など(※)や組織風土調査など(※人事面談は講師が代行することも可能)

このように、転職者および転職先企業を対象として、多面的に転職者の定着と活躍支援を行い、高い成果を挙げてきました。これらの転職者支援施策は、「多様な人材を受け入れ、成果を挙げる組織づくり」にもつながります。既存の社員も含めた組織全体の風土改革としても、相乗効果が得られる取り組みとして高く評価されています。

講演では、多くの生々しい企業事例も交え、中途採用者の心理やなぜミスマッチが起こるのかなどにも触れつつ、離職率改善と定着する企業の風土づくりについて解説しています。ご興味を持たれた方はシステムブレーンまでお問合せください。

川野智己  かわのともみ

転職定着マイスター(元大手人材紹介会社教育研修部長、元伊藤忠アカデミー教育研修MG)


コンサルタント

大正製薬、伊藤忠アカデミー教育部長、人材開発コンサル(アセスメントや通信教育教材開発)を経て、大手人材紹介会社教育研修部長(「人材の組織適応」を提唱し、転職後の離職率を大幅に改善)。現在は、転職定着マイスターとして、転職先で光り輝く為の「人間関係力アップ講座」など幅広く活動中。

プランタイトル

多額の採用コストが無駄に!人材不足解消の極意を説く
使えない・辞める中途採用は何故生まれる!?
朝日新聞で大きく特集~AERA・週刊SPA執筆講師が伝授

講師プロフィールへ移動



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