
ADHDの診断を受け、すべてを失いかけても何度でも立ち上がり、映画作品やテレビ番組を生み出し続けてきた君塚匠(きみづか たくみ)さん。
今回は、「多くの人に勇気を与えたい」と語る君塚さんのこれまでのご苦労や受けてきた差別、それらを乗り越えて生み出された作品への想いなどについて伺いました。
ADHDであるがゆえに受けた差別
――まずは、どのようなお子さんだったか、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?
君塚 1つは、「度が過ぎた神経質」といった感じでしょうか。たとえば、浜辺にいても足に砂がつくことを不快に感じ、足にビニール袋をかぶせられて遊んでいました。海岸に生息するフナムシの群生にも耐えられず、姿が似ているからか現在でもシャコの寿司を口にすることはできません。母親以外が作った握り飯や煮物なども受けつけませんでした。
また、学校の授業にも集中できず、教室を出て行くこともありました。空想に浸って何か・誰かと会話をしていたりなど、「夢想家」のようなところもあったようです。
――パニック障害、双極性障害、ADHD(注意欠如・多動症)の発症や、それと診断された時のお気持ちは、いかがでしたか?
君塚 パニック障害を発症した際には、発作時に脈拍が1分間に150〜200回程度まで速くなり、乗車していた新幹線を止めたことすらありました。双極性障害としては躁状態になると神経が張り詰め、1週間ほどほとんど眠れなくなり、25歳頃より服薬を開始しました。
ADHDと診断されたのは55歳。発達障害でごくまれに天才と言われる人もおり、また発達障害を「特性」「特徴」と表現する人もいます。しかし、たとえば私の場合には薬を飲まなければ日常生活が成立しないため、明らかな「障害」なのです。ADHDの症状の特徴は、不注意・多動性・衝動性です。過集中という特性もあり、うまく作用すれば仕事がはかどりますが、マイナスに作用すると人間関係を壊すことになります。何かを思いついたらすぐに確認しないと気が済まなくなり、共同プロデューサーに1日15回も電話をかけてしまい、そのプロデューサーが降板を希望することもありました。
資料のコピーやタイムカードの正確な向きでの打刻なども苦手。さらに、記憶力の低さから認知症を疑ったこともありますが、これもやはりADHDが原因のようです。現在、東京服飾専門学校で映像表現に関する講師をしており、事務作業のためのアシスタントをつけてもらっていたこともあります。

▲『もう一度、表舞台に立つために -ADHDの映画監督 苦悩と再生の軌跡-』(中央法規出版)
――ご高著『もう一度、表舞台に立つために -ADHDの映画監督 苦悩と再生の軌跡-』(中央法規出版)を拝読すると、差別の被害にもあっていらっしゃいましたね。
君塚 ADHDを理由に、テレビ番組のディレクターの任を解かれたり、「健常者以上の能力を求める」と通告されることもありました。
加えて、プロデューサーが本来アシスタントに送るはずのメールを誤送信されたことで、陰で自分が「クレージー」と呼ばれていることを知ってしまったこともあります。これにはショックを受けて侮辱罪での提訴も考えましたが、そのプロデューサーが所属する制作会社の取締役が幾度も謝罪してくれ、いつしか許す気持ちになりました。
実は、これまでの差別についても映画作品に使えばよいと考えたことも、彼らを許した理由です。名前や企業名を出さなければ作品に使用してもよいとの言質(げんち)も取りました。
実際、発達障害の人を差別するのは20人に1人いるかいないかで、特に若い方は発達障害をより自然に受け入れていると感じます。そのため、私は仕事上でもADHDであることを隠しませんし、関係者からも作品に対して好意的な評価をいただいているわけです。
ただし、依頼主は1000万〜1億円の予算を監督や演出家にたくすわけで、人選について慎重にならざるをえないことは理解しています。
人生の突破口はコミュニケーションと人間関係
――就労移行支援事業所「にじ」に半年近く通っていらっしゃいましたが、その後の人生に、どのように役立ちましたか?
君塚 まず、パソコンスキルを身につけました。
そして当時、私はADHDの症状によって人間関係を壊し、13年連れ添った妻とも離婚したばかりでした(近年、別の女性と再婚しています)。さらに、糖尿病が悪化し、このままいくと人工透析になると言われたのです。仕事も失い、心身ともボロボロの状態でした。
このような孤独な時期に、「にじ」代表の脊尾昌壮さんをはじめとする優しい人々と出会い、飲み友達にすらなりました。精神疾患や引きこもりで苦しむ人にも人間関係が必要です。私にも支えてくれる先が多くできたことが、その後の人生に向けた突破口となりました。

▲就労移行支援事業所「にじ」代表・脊尾昌壮さん(画像:脊尾さん提供)
――「にじ」での出会いを機に君塚さんは社会復帰を果たしますが、君塚さんのADHDの傾向や性質が、映画監督やテレビ番組の演出に生きることはありますか?
君塚 そうですね。やはり、集中力の高さが役に立つことはありますし、めくるめくアイデアが私の頭に去来します。
――そして、セルフドキュメンタリー(映像作家が自分・家族・友人などを被写体とし、身近な出来事や身辺の事実を記録したドキュメンタリー作品)と再現ドラマから構成された映画『星より静かに』が2024年に完成し、公開初日から満席となりました。本作の内容と、そこにこめた想いについて、お聞かせください。
君塚 『星より静かに』は半生を振り返ったミニシアター系の作品で、600万円という低予算で制作しました。タイトルには、「人と人は心の奥深くで響き合い、共感し、つながり合える」という意味をこめています。音がないと言われる宇宙でも、言葉が伝わる。イントロ(オープニング)とアウトロ(エンディング)で糸電話が登場しますが、この案もパッと思い浮かびました。本作もADHDへの理解を広めるための「大河の一滴」です。
▲映画『星より静かに』の予告編
――生きづらさを感じる方々が勇気をもって行動することは難しいと思いますが、どうすれば勇気を奮い立たせることができるでしょうか?
君塚 まずは、やはり人とのコミュニケーションを取り始めること。個人で動くには限界があり、この社会は人間関係がすべてです。8050問題(高年齢者の引きこもりとその親に関する社会問題)も取り沙汰されています。生きづらさを感じる人が孤立しないためには、信頼できる多くの人に対して積極的にコミュニケーションを取り、彼らに「依存」する(支えてもらう)ことが肝要。そのような人間関係を構築するために、就労移行支援事業所やサークルに頼ってもよいのではないでしょうか。
生きづらさを抱える人々に作品・講演がもたらす「勇気」

▲講演中の君塚さん(画像:君塚さん提供)
――講演会では、どのようなことを伝えているのでしょうか?
君塚 まず発達障害に悩む方には、しっかりと自分の障害に向き合うことで理解者が現れ、生きやすくなるということを伝えています。
障害に向き合うためには、やはり不安や恐怖を乗り越える勇気が必要です。世の中は甘くなく、努力をしなければ、「あなたはあなたで生きてください」という扱いを受けてしまいます。そこで、30分前には最寄り駅に到着して約束に遅れないようにするなどの努力を重ね、できないことを免罪符にはしないことが大切です。それが難しい方でも、3行日記を書く、毎日歯を磨くなどの小さな挑戦を重ねるうち、人生が前進するでしょう。
私はカミングアウトするほうが生きやすいと考えています。差別をするのは無知な人であり、障害は恥ずかしいことではありません。さらに講演会では自身の経験を発達障害の方に向けて語るだけでなく、生きづらさを抱えるビジネスパーソンから、がん患者、借金を抱える人にいたるまで、さまざまな人々に勇気をもたらす話をするよう心がけています。
――最後に、君塚さんの夢をお聞かせください。
君塚 糖尿病に苦しみ、幼少期から生きづらさを抱え、病気で親友も亡くしました。でも、これまでの艱難辛苦があったからこそ、この経験が『星より静かに』という映画作品となり、『もう一度、表舞台に立つために』で書籍化されました。これは一種の奇跡だと考えています。
私にとって映像作品とは、特別な「趣味」であって「仕事」であるとは考えていません。もっと言えば、「人生」であり「情熱」なのです。還暦を過ぎ、「美しい映画」「観た人に勇気を与えるもの」「社会的に意義あるもの」を作りたいと考えています。
学生に接する際にも、否定せず励ますことを心がけています。講演でも映画作りでも、ユーモアを交え、聴いてくれる人や観てくれる人に勇気を与え、励ましたいですね。
重度のADHDの子をもち、絶望に陥っていた親御さんから講演後に「再出発できた」と言っていただいたことがあり、大変うれしく感じました。人に勇気を与えることは難しいのですが、今後も自分の体験を赤裸々に伝えていきたいと考えています。
――貴重なお話をありがとうございました!
君塚 匠きみづかたくみ
映画監督 作家 ADHDの創作者
ADHD当事者で、映画監督など映像の世界で「人の痛みと希望」を描き続け35年超。監督・脚本・主演を務めたADHDテーマ映画『星より静かに』で、当事者と家族の想いを描き注目を集める。講演ではユーモアとリアルを交えた語りで、困難を抱える人々に勇気を届ける。近著『もう一度、表舞台に立つために』。
プランタイトル
ADHDでも、だからこそ創れる
~映画監督という仕事と私の脳~


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