
昨今、企業の不祥事や内部告発のニュースが相次ぎ、企業のガバナンスやコンプライアンスの重要性がこれまで以上に増しています。
内部通報制度の適切な整備や実効的な運用は、企業の健全な組織運営や従業員の安心感を生み出す上で不可欠な要素となっています。
そして、事業者が正当な理由なく内部通報者を特定することなどを禁じる内容を盛り込んだ公益通報者保護法の改正案が国会で可決・成立(2025年6月時点)、改正を踏まえた制度の整備が求められています。
本記事では、元厚生労働省職員で内部通報制度コンサルタントの石川竜弘さんに、制度の重要性や導入・運用におけるポイントなどについて伺いました。
【監修・取材先】
石川竜弘氏
内部通報(公益通報)制度コンサルタント
元 厚生労働省職員
内部通報制度とは?制度導入が求められる背景は?
内部通報制度とは、公益通報者保護法に基づき、社内の法律違反行為や不正行為に関する従業員からの通報を受け付ける窓口を設け、通報内容を適切に調査し、事実関係を明らかにするための体制を作る一連の仕組みを指します。
現在、常時301人以上の従業員がいる会社は制度の整備が義務化され、300人以下の中小企業は、努力義務となっています。
公益通報者保護法が2004年に制定された背景には、2000年初頭にアメリカで巨大企業の会計不正が相次いだことが挙げられます。これを受けてアメリカでは法律が制定され、その後、日本でも食品の偽装表示や自動車メーカーのリコール隠しなどが発覚し、法律が制定されたのです。
当初、制度の運用は、会社のガバナンスや内部統制の一環として、各企業の裁量にゆだねられていて、その結果、不祥事を隠蔽する事例が後を絶たず、2020年には一定規模以上の企業に対して、制度の導入が義務化されるに至りました。
現在では、法律違反に限らず、ハラスメントや就業規則違反も、内部通報の対象とする企業が多く、一般的に様々な社内の不正や問題について受け付ける体制を内部通報制度と呼んでいます。
専門窓口だけでなく、上司への報告や相談も内部通報にあたり、報告を受けた上司や会社は対応しなければならず、通報した従業員は法的に守られることになります。
公益通報者保護法改正 法律で明文化されたこととは?
公益通報者保護法の改正案が国会で可決・成立し(2025年6月時点)、2026年中に施行されることになりました。改正によって企業には内部通報制度の周知・教育の義務や、正当な理由のない通報者の特定行為の禁止が法律で明文化されました。
さらに、労働者が公益通報することを妨げる行為も禁止されます。例えば、「社内窓口への通報は認めるが、行政機関やマスコミに外部告発することを禁止する」といった対応が該当します。労働者と約束したとしても無効となります。特に、社内窓口に通報しても調査が行われない場合など、一定の条件を満たす場合には、マスコミへの通報も法律上認められています。このような条件を満たしているにも関わらず、従業員に通報を制約することは法律で禁じられるのです。
また、通報の報復行為としての解雇は、現行法でも無効とされていますが、今回の改正では、減給や降格などの懲戒処分も報復行為として位置づけられ、無効とされます。
保護対象も拡大され、フリーランスといわれる個人事業主も対象となり、契約解除などの不利益な扱いから守られるようになります。
通報者の特定や懲戒処分の禁止、従業員への制度の周知は、これまでも国のガイドラインで示されていましたが、十分に浸透しなかったことから、法律に明記されることになりました。
従業員が制度を知らなければ通報が行われず、不満を抱えたまま外部に告発されるリスクが高まります。これにより、企業が社会的な批判を受け、評判リスクや経営上の損失に発展する可能性も否定できません。実際、こうした報道がされる度に、制度への関心が高まり、今回の法改正に繋がったのです。
法改正により、国の権限も強化され、立ち入り検査を拒否した場合の罰則も設けられました。また、不当な解雇や懲戒を行った場合には拘禁刑か罰金も科されます。制度の周知・教育を怠った場合、指導を受ける可能性があり、従業員に制度理解を促す努力がより一層求められます。
内部通報制度の導入におけるポイントとは?
①トップ層の姿勢
通報者には「密告」というネガティブなイメージや、会社からの報復への不安が伴いがちです。経営層が制度の意義を理解し、通報を拒まない姿勢を見せることや、報復行為を厳禁とする姿勢を示すことが最も重要です。
情報が適切に処理されるよう、各部署から独立した、組織横断的に見られる部署に窓口を設置することも大切です。
②通報者の保護
法律で、公益通報を受け付ける人を限定し、社内に周知することが求められています。担当者のみが通報者を知ることができ、本人が同意した場合などを除き、原則として社長も通報者を知ることはできません。
通報内容は必要な範囲で共有されますが、通報者が特定されるような情報は厳重に管理しなければなりません。安易に知らせてしまうと罰金が科されるという厳しい罰則もあります。
窓口は必ずしも社内に作る必要はなく、中小企業であれば、協同組合などの業界団体で共同で作ることや、専門のアウトソーシング会社の活用も有効です。また、複数の会社を持つ大企業であれば、グループ会社として一つの組織を設けることも方法です。
外部に委託することで、通報する側のより一層の安心感にも繋がる可能性があります。
③従業員への制度周知
従業員が安心して通報できるよう、制度がどのように運用され、どのように自身が守られるのかなど明確な情報開示が求められます。
周知が徹底されている企業に共通して見られるのは、社員教育の一環として研修を実施しているという点です。ハラスメントの研修と合わせて、公益通報制度について学ぶ機会を提供していたり、動画やテキストで定期的に確認を促したりといった方法がとられています。
内部通報制度導入で得られるリスク回避とメリットは?
内部通報制度の導入で、企業は「社内の自浄能力を発揮できる」という最大のメリットを得ることができます。この制度は、「内部統制の最後の砦」と言われるように、社内で問題を解決するための最終手段でもあります。ここで改善されなければ外部告発によって、社会的制裁や批判を受けるなど、厳しい状況に陥る可能性が出てくるのです。
SNSなどの普及で、誰もが社会に情報が発信できる時代という点も、制度の重要性が高まる背景の一つです。不確かな情報が外部に出た場合、企業にとってレピュテーションリスク(評判リスク)となります。
2023年度消費者庁の就労者対象の意識調査(※1)
では、制度を知らないと答えた人の約2割が、不正の告発先としてSNSでの発信と回答しています。これは、行政機関に通報する割合と同程度、マスコミなどに通報する割合よりも高くなっています。一方、公益通報制度をよく知っている人では、SNSでの告発を考える人は5%以下にとどまっています。このことから、制度の周知は企業のリスク管理において不可欠です。
また、制度の運用によって、コンプライアンス意識の高い組織風土を醸成し、軽微なうちに問題に気づき、影響が大きくなる前に対処できます。
消費者庁の同調査では、制度を知らないと回答した労働者の約7割は、「社内で法律違反やコンプライアンス違反を目撃したことがない」と回答しています。一方、制度をよく知っていると回答した人で「違反を目撃したことが無い」と答えた人は約3割です。
このことからも、コンプライアンス意識の有無によって、問題に気づけるか否かという差が生じていることが伺えます。
(※1)参照: 調査・研究 | 消費者庁(出典:消費者庁ウェブサイトより)
内部通報制度に関する意識調査結果(出典:消費者庁ウェブサイトより)
内部通報制度を一つの契機に風通しのよい職場へ
通報はネガティブな発想になりがちですが、問題を矮小化、揉み消しをするのではなく、通報を一つの契機に会社を良くしていこうという発想が重要です。
コンプライアンス意識が高く、風通しの良い企業を作るという意味では、制度について経営者と従業員が十分に知っていることが、大企業、中小企業問わず大切です。
前述の消費者庁の調査で、不正を見つけても内部通報しないと答えた人の約4割が、「企業や上司の命令に逆らえないから」と答えています。つまり、不正を黙認することが会社のためになると考えている人も一定数いるということです。
もしそれが会社の組織風土だとしたら、会社の存続が危うくなる可能性も考えられます。社員の意識改革という意味でも、内部通報制度は有効なのではないでしょうか。
石川竜弘さんの講演では、制度や法律について、そして経営者が持つべき意識などについて詳しく解説いただきます。ぜひより良い職場づくりの一環として、研修の実施をぜひご検討ください。
石川竜弘 いしかわたつひろ
内部通報(公益通報)制度コンサルタント 元 厚生労働省職員
厚生労働省で20年以上のキャリアを積み、労働者の就職支援やキャリア支援などに長く携わる。その中で公益通報制度に関する知識やノウハウを習得。監査経験も豊富で、官僚経験を踏まえ役所の視点を取り入れた公益通報制度のセミナー・研修を展開、職場での公益通報制度の周知の重要性を訴える。
講師ジャンル
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実務知識 | 経理・総務・労務 |
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プランタイトル
内部通報制度は企業の風通し
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