何度も諦めそうになりながらも『JINRIKI』の開発に挑み、ついに成功させた中村正善(なかむら まさよし)さん。発明大賞など数々の賞を受賞し、2024年2月には新たに車椅子補助装置のJIS規格が制定されるほど車椅子業界に大革命を起こした『JINRIKI』ですが、その製品化と普及までの道も容易ではありませんでした。
特別インタビュー後編では、元コンサルタントである中村さんが語る巧みな経営戦略と、『JINRIKI』と“バリアパス”が生む新たな未来についてお伺いします。
『JINRIKI』は車椅子業界のタブー? 茨の道を選んで掴んだ理想の販路
――諦めそうになるほど試行錯誤を繰り返す中で、どのように製品化にこぎつけたのでしょうか?
中村 『JINRIKI』を車椅子に取り付ける方法に苦労していたわけですが、太さの違ういろいろなパイプに取り付けることができるよう、ジョイント部分を丸型ではなく三角形にすることを思いついたことで道がひらけました。それでも図面も描けない人間が作るのですから、簡単なことではありませんし、不安だらけでしたね。それでもうまくいったときには、「これでなんとかなるかもしれない」と思えました。でもそこからまた大きな壁にぶち当たってしまいました。
――大きな壁とは?
中村 個人では試作はできても量産化できませんから、車椅子メーカーに量産化を持ちかけたのですが、そこで問題が起きたのです。どの車椅子メーカーに話を持ちかけても「独占契約を結ばせてほしい」という返答が返ってきたのです。私の目的は不特定多数の方に使っていただくことだったので独占契約の提案をお断りしたのですが、メーカーの方からひどい言葉で罵られたこともありました。それだけ「災害」と「観光」という話題は、車椅子メーカーにはタブーだったのです。メーカーの方々はきっと、これまでに幾度も車椅子ユーザーから災害時や観光などについて相談をされては返答できず、苦しい思いをされてきたのでしょう。
車椅子メーカーからの協力は得られませんでしたが、ある防災用品メーカーからの協力を得ることができ、商品化を実現できました。そこから『JINRIKI』の需要が広がり、元々車椅子ユーザーではない妊婦さんや杖を使えば歩ける程度の障害を持つ方などにも車椅子を使用してもらえる可能性が見えてきたことから、最終的には車椅子メーカーにも取り扱っていただけるようになりました。
――開発が成功してから商品化されるまでにも長い道のりがあったのですね。
中村 世界の常識を変えるというのはやはり簡単ではないですから。問題の糸口をなんとか解決したところで世の中に簡単に広がるわけではないですし、反対してきた人たちが手のひらを返して賛成してくれるわけでもありません。『JINRIKI』は世界初の商品として様々な賞を受賞しているので私の芝は他人からは青く見えるかもしれませんが、産みの苦しみは本当に味わわせてもらいました。
国をも動かす大発明に。『JINRIKI』が救った命と笑顔
――『JINRIKI』は現在どのような場で活用されていますか?
中村 現在利用されているフィールドは主に3つです。1つめは個人の車椅子ユーザーの方々です。30秒ほどで着脱できて山にも登れるので、これまで出かけたくても出かけられなかった方々に活用いただいています。『JINRIKI』は介護保険適用で、自治体によっては障害者に対して補助される場合もあります。
2つめは観光です。国内でのケースをご紹介すると、和歌山城では“おもてなし忍者”と呼ばれる方々が『JINRIKI』を使って車椅子の方を天守閣まで運ぶサービスを行っています。その他にも鳥取砂丘や京都市の寺社仏閣などで無料貸し出しされていたりと、様々な観光地で利用されるようになってきました。2024年4月から障害者差別解消法により障害者への合理的配慮が義務化されたことから、費用がかさむバリアフリー化に変わる方法としてさらに注目されています。
3つめは防災です。最近ではウクライナの方々が避難するためのプロジェクトを立ち上げ、535台の『JINRIKI』をウクライナに送ることができました。今年(2024年)1月に発生した能登半島地震の支援も行っています。震災が起こると発生時の避難も難しいですが、瓦礫のせいで避難所から自宅へなかなか戻れない車椅子の方とそのご家族も大勢いらっしゃいます。そういった方々が自宅に戻れるようにするのも、『JINRIKI』の役割の1つです。
――様々な場に『JINRIKI』が広まってきた状況をどのように見ていらっしゃいますか?
中村 『JINRIKI』の普及はまだまだだと思っていますが、今年(2024年)の3月11日に共同会見を行った名鉄百貨店をはじめ、数多くの企業様が販売協力してくださるようになったので、これからもっと広まっていくはずです。これは今年の2月に経済産業省から車椅子補助装置に対するJIS規格が発表されたことが大きく影響しています。『JINRIKI』の普及とともに類似品が出てきたのですが、安全性を確保するために国がJIS規格の制定に動いたのです。過去に車椅子に対するJIS規格の委員会が発足されたのは車椅子と電動車椅子ができた際の2例しかありません。それだけ大きな変化が起きたのです。
――国をも動かす発明となったのですね。
中村 私の目的はバリアパスの普及なので類似品に関しては黙認していたのですが、JIS規格ができたことで類似品のほとんどが厳しい基準をクリアできず撤退していきました。類似品は『JINRIKI』とは違って車椅子と一体型になった、とても質が良いとは言えないものだったのです。やはり車椅子には車椅子メーカーさんのノウハウがあるので、私は車椅子との一体型ではなく既存の車椅子に簡単に取り付けられる方法が良いと考えて『JINRIKI』を作りました。その選択は同時に、車椅子メーカーを敵に回さないという事にもなります。
車椅子メーカーとの独占契約を断ったのも同じ理由です。どこかと独占契約して車椅子と一体型のものを作れば、確かにニーズを独占できるかもしれません。でも、どの会社の車椅子にも取り付けられるようにすれば、すべての車椅子メーカーが味方になってくれると思ったのです。
――『JINRIKI』には中村さんのこだわりが多く感じられますが、開発や販売戦略として特にこだわった点を教えてください。
中村 こだわった点はいくつかありますが、特許関係には特にこだわりました。『JINRIKI』は国際特許に準ずるPCT(特許協力条約)を取得していますが、そこまでに至るには、当然私一人ではなくいろいろな方からアドバイスをいただいています。しかしご協力いただいた方々にはすべて、「私の名前で特許を申請させていただきます。それをご理解いただけないのであればアドバイスは結構です」とお話したうえでご協力いただきました。後々ご協力いただいた方から特許の権利を主張される場合もあるので、そのようなトラブルを避けるためです。1つ歯車が噛み合わなくなるだけで、大きな問題に発展してしまうことがあります。事業が軌道に乗ってからそのようなトラブルが起こっては大変なので、特許取得に関しては非常に気を配っていました。
環境破壊せず障害者を救うバリアパスは究極のSDGs
――講演会ではどのようなお話をされていらっしゃいますか?
中村 いわゆるユニバーサルツーリズムと呼ばれるバリアフリーに配慮した観光やものづくりに関するお話のほか、元々金融系の仕事をしてしたことからIPO(新規公開株)のお話をすることもあります。求められたテーマによって様々なお話をさせていただいていますが、一番多いのは防災ですね。
学校や公共機関のほか、昨年日本医学会でセミナーを依頼されましたが、医療や介護業界で働くプロの方々にもお話させていただくことがあります。私のセミナーでは障害物を車椅子で越える実践をしてもらうことがあるのですが、普段車椅子に慣れていらっしゃる介護業界の方でも障害物を越えられる方は1%もいらっしゃいません。車椅子は操作次第では一人で階段の上り下りができるので、そういった車椅子の操作方法を指導する場合もあります。これは世界的に見てもあまりやっていないことだと思います。
現在は防災のプロの方でも、障害者などの避難が難しい要配慮者に関しては話題にしないようにしていることがほとんどです。そのような状況に風穴を開けるべく、実は現在新しく「要配慮者避難研究所」というNPO法人を立ち上げようと準備しています。
――最後にメッセージをお願いします。
中村 私が考えた『JINRIKI』は、今まで行けなかったところにも車椅子の方が行けるようになる世界初の車椅子補助装置です。車椅子の方の中には、普段から出かけることを諦めている方も多くいらっしゃいます。一番あってはならないのは、災害時の命を諦めるということです。車椅子の方が一人諦めることは、複数の方の避難の遅れに繋がります。諦めていい命なんて、世の中にあってはならないと思っています。
でも“てこの原理”を使ったこの『JINRIKI』を使えば、とても弱い力で車椅子の方を避難させることが可能になります。皆さんにこの原理を理解していただいて、「この装置を取り付ければ車椅子でもどこにでも行けるんだ」「命を助けられるんだ」「助かるんだ」という気持ちを持っていただけるようになれば、開発者として非常にありがたいと思っています。ぜひ諦めずに、“バリアフリー”から“バリアパス”という言葉を考えて実行していただければと思います。このバリアパスは、環境破壊もしなくてすむ究極のSDGsだとも思っています。
――貴重なお話をありがとうございました!
バリアフリーから“バリアパス”へ
世界初の車椅子補助装置『JINRIKI』誕生秘話
前編ではバリアパスとはどのようなものなのかを『JINRIKI』の開発秘話とともにお伺いします。車椅子の意外な事実と中村さんの挑戦のお話をご覧ください。…
中村正善 なかむらまさよし
株式会社JINRIKI 代表取締役社長 世界初、けん引式車いす補助装置「JINRIKI」の発明者 一般社団法人要配慮者避難研究所 理事長
東日本大震災を機に、予てより発想していた「JINRIKI」商品化に向けて脱サラ。商品開発・営業・福祉全て未経験から挑戦し【世界初、けん引式車いす補助装置「JINRIKI」】を開発。「バリアフリーからバリアパスへ」の提唱者として、バリアフリー対策や避難困難者支援のスペシャリストとして広報、講演等に奔走中。
プランタイトル
要配慮者避難と「バリアフリーからバリアパスへ」
~バリアフリー無くせないなら超えてしまえ!~
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