新型コロナによる景気の停滞で、今後の日本企業の動向に関心が高まっている経営者やビジネスパーソンも多いのではないでしょうか。
今回は、経済評論家・経営コンサルタントの辛坊正記氏より、コロナ渦中にある今、世界における日本の立ち位置を解析し、なぜ日本の景気後退がここまで深刻なのか、その理由を考察していただきました。
そこから、日本経済を活性化させるためのヒントや、企業が向かう方向性を考えていきます。

Your Image【監修・取材先】
辛坊正記氏

経済評論家
経営コンサルタント

コロナ禍で浮彫となった日本経済の暗部

1990年以降伸び悩む日本のGDP

国の経済力を示す指標として最もよく使われるのがGDP(国内総生産)です。日本のGDPは、戦後順調な伸びを示していましたが、1989年(平成元年)を境に急速にブレーキがかかりました。2008年のリーマンショックで大きく落ち込み、2021年末からの成長局面でリーマンショック前の経済規模を超えましたが、2020年の新型コロナで再び落ち込み、1999年から2020年の間の増加はわずか1.2倍にとどまります。この間、中国や韓国などの新興国はもとより、欧米の先進諸国も大きく成長しています。

▲主要諸国別一人当たりの名目GDP(USドル)の推移(IMFデータを引用)

GDPは国民が働いて稼ぎ出し、国民と政府が分けて使える日本の所得です。各国と日本の一人当たりの名目GDP(USドル)の推移を比べると、1990年から2021年の間、成長していない日本は1.5倍で大きな増加が見られません。一方、中国は34倍、韓国は5.3倍、アメリカは2.9倍、イギリス2.2倍、ドイツは2.5倍となっています。

一人当たりGDPは一人当たりの所得ですから国民の豊かさそのもので、日本人が世界の中で相対的に貧しくなったことが分かります。

▲主要諸国別一人当たりの購買力平価GDP(USドル)の推移(IMFデータを引用)

さらにインフレーションの格差を修正し、より実質的な比較が可能な「一人当たりの購買力平価GDP(USドル)」を見ると、1990年時点で日本は韓国の3.6倍ありましたが、2019年に逆転され、2021年は韓国の48308.9ドルに対し、日本は44934.94ドルとなり、7%ほど韓国が高い結果となりました。

こうした日本の成長力の無さが、コロナ禍で再び明らかになりました。

圧倒的に少ない新型コロナウイルス死亡者

▲2021年2月末時点の人口100万人あたりの感染者数累計

人口100万人あたりの新型コロナウイルスの感染者数の累計を見てみましょう。欧米に比べるとかなり少ない数値だということが分かります。日本の感染者数は、欧米で一番多いフランスの11%ほど、アメリカの16%ほどです。

▲2021年2月末時点の人口100万人あたりの死亡者数累計

人口100万人あたりの死亡者数累計も、日本はアメリカの6%ほどで、ヨーロッパで最も死亡者が少ないドイツと比べても13%以下と、かなり少ないことが分かります

欧米よりも低く推測されている日本のGDPの回復速度

▲世界銀行のGDP推移予測(2022年1月世界銀行発表)

次は、世界銀行が2022年1月に発表したGDP推移予測のデータを比較してみます。
新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年、日本も欧米並みにGDPが落ち込みますが、欧米は2021年10~12月までにコロナ前の水準へと回復しています。それに対し、日本の回復は2022年2~3月頃と予測されており、日本のGDP回復水準が欧米に比べて低く予想されていることが分かります。コロナの感染者数や死亡者数で見ると、欧米に比べて、コロナ禍で日本が受けたダメージは圧倒的に小さいにもかかわらず、日本のGDP回復は緩やかなものとなると推測されたのはなぜでしょうか?

また、世界の所得ランキングで日本は1998年に4位(アジアで1位)でしたが、2020年には23位と過去ワーストになっています。アジア圏を見ると、シンガポールが8位、香港が15位など、ほかの国に抜かれていることが分かります。

世界銀行が日本のGDP回復を低く見積もる原因には、高齢化やデジタル化の遅れといった日本の本質的な成長力の無さに加え、新型コロナウイルス対策として取った水際対策や行動制限の解除の遅れが考えられます。感染力は強いが致死率の低いオミクロン株の特性に鑑みて主要各国が水際対策と行動制限の完全撤廃に向けて動くなか、日本は感染防止が何より重要との考え方で逆に制限を強めていますので、回復は更に遅れることになるでしょう。これらのマイナス要因が、日本のGDPを停滞させ、日本経済の動きを鈍化させているのです。

日本経済を活性化させるための3つの手段

日本が貧しくなり続けたら大変です。アフターコロナを見据えて日本経済を活性化させるには、どのような手段が挙げられるでしょうか。せっかく陽性者数も死者数も圧倒的に少ないのですから、医療体制を整えワクチン接種を進め主要諸国並みに社会経済活動を正常化することが何より急がれますが、そのあと、どの国の政府も中央銀行も、取れる手段は次の3つしかありません。

  • 政府主導の財政政策:(需要を増やす)
  • 中央銀行主導の金融政策:(需要を増やす)
  • 官民協調の構造改革:(本質的な生産力を増やす)

これらは経済を成長させる3つの手段です。

GDPを生み出すのは、日本で活動する企業、そして、そこで働く人々です。
一国の経済は、産業・企業の生産活動で幅広い意味でのモノやサービスが生産され(=供給)、生産されたモノ・サービスで生じた価値(=所得)が分配され、分配された価値をモノ・サービスに支出する(=需要)という流れで成り立っています。マクロ経済では「生産(GDP)」と「分配」と「支出」はいずれも、一定期間を経た後に等しくなるとされており、これを「三面等価の原則」と言います。

経済が成長してパイ(GDP)が大きくなり、適切な分配がなされると支出(需要)が起き、生産(供給)につながり、それが経済の成長へとつながります。しかし、パイが大きくなっても分配が歪んで格差が広がると、お金持ちが貯め込むばかりで需要が増えないといったことが起こります。経済が成長する中で所得の伸びが小さい中間層は不満を抱きます。反グローバル化の声が高まった欧米で起きた現象がこれでした。

▲厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」より引用

そういう状況下であれば、分配を見直し所得格差を是正して経済を成長させるといった方法もあり得ます。
それでは日本の状況はどうでしょう。所得格差を測るジニ係数(ゼロに近いほど格差が少なく、一般に0.5を超えると格差が高いとされる)を見てみると、日本の当初所得ジニ係数(控除前の所得)は1999年から2014年にかけて緩やかに増加しています。2017年は減っていますが、中長期的に格差が広がって来たことは確かです。とはいえ日本の当初格差は先進国の中間くらいで、必ずしも大きいわけではありません。

さらに再分配所得ジニ係数(税金の控除をして、医療や年金などの社会保障給付を加えた所得)に目を向けると、2005年より若干低くなり、改善され続けていることが分かります。これは、税金や社会保障を通じて格差の是正がそれなりに機能していることを意味します。

▲厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」より引用

その一方、日本の平均給与は1990年代以降なだらかに下降し、2018年で433万円。これは先進諸国と比べて低い数値です。

つまり、経済が成長して分配が歪んで格差が広がった諸国と異なり、日本の問題は、経済が成長しないので分配が増えず中間層が等しく貧しくなって、経済格差が実際以上に強く意識されるようになったところにあるのです
手厚い社会保障などによって経済格差が是正されたとしても、消費行動の核となる中間層の所得が低いままでは経済は成長しません。そのためにも、中間層の所得を増やす財政政策、金融政策、構造改革を官民一体となって進める必要があるのです。

アフターコロナを見据えて企業がすべきこと

日本を襲ったオミクロン株もピークアウトとなり、企業はアフターコロナを見据えた方針に転換していく必要があります。

アフターコロナでは、前の段落で申し上げた通り、分配のパイであるGDPが自律的に増える仕組みをつくり「中間層の所得を増やす」ことを意識し、方向転換していくべきだと考えています。

GDPは国内総生産と呼ばれる通り、国内で生み出されるモノやサービスの価値ですから、大企業が海外でモノやサービスを作って稼いでも、外国企業が海外でブランド品を作って日本に持ち込んでたくさん売っても大して増えません。GDPを生むのは日本で設備投資をし日本で人を雇い、日本で価値を生み出している企業とそこで働く人々です。
「中間層の所得を増やす」ため、以下の3つの施策を提案しています。

  1. ジョブ型雇用の導入
  2. デジタル化の推進
  3. 成長を支える貿易の活用

ここでは①と➁について詳しく解説します。

1.ジョブ型雇用の導入

日本ではこれまで、新卒で採用して企業内で人材を育成・調達するといった「メンバーシップ型雇用」と言われる雇用システムを採用してきました。フルタイム、無期契約、直接雇用、終身雇用の正社員を核とする雇用体系です。
ところが、デジタル化や少子高齢化でビジネス環境が変化し、コロナ禍で在宅ワークの導入が進むなど働き方が大きく変化するなか、これまでのメンバーシップ型雇用だけでは必要な人材が確保できない状況となりました。数年ほど前から、このメンバーシップ雇用に変わる雇用体系として、欧米で用いられている「ジョブ型雇用」が注目されるようになります。

「ジョブ型雇用」とは、変化する業務や事業の状況に合わせ、スキルや経験のある人材を企業内外から柔軟に調達するシステムで、従来型の正社員だけにこだわらず、能力やスキルのある人材を性別や年齢に関係なく活用します。
これまでにも、パート、有期契約、派遣、業務委託などさまざまな形でJOB型タイプは存在していましたが、正社員との給与格差が問題となっていました。「ジョブ型雇用」では、非正規社員、正社員といった働く「型」に拘らず、同等の仕事内容・給与で雇用します。

「メンバーシップ型雇用」では社員の専門性が育ちにくいというデメリットが指摘されてきました。「ジョブ型雇用」を採用することで、以下のようなメリットが期待できます。

  • 会社はITなど特に人材不足が指摘される分野で、専門性の高い人材を柔軟に雇用できる
  • 働く人は自らの意思で自律的にスキルを磨き仕事を選べるようになる。
  • 子育てや介護などで退職せざるを得なかった人材も、時短や在宅ワークなどで勤務できる

要は、企業としては、より良い人材をより適切な形で配置することができ、生産性向上が期待でき、働く方としても自分の生活スタイルに合わせてさまざまな働き方が可能になり、自分の専門とする分野にだけ集中することができるということです。
変化の激しい現代において、柔軟に対応できるジョブ型雇用は、経営立て直しの一つのキーとなるでしょう。

2.デジタル化

コロナ禍を機に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の波が加速されました。デジタル化には、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション:簡易なシステムを使った事務処理の合理化)やEPR(エンタープライズ・リソース・プラン: 資源を統合的に管理し経営・業務の効率化を図るための手経営法)、ロボットの活用など、人間の作業を効率化する側面と、無店舗販売やリモートワーク、製造業のサービス業化など生活や産業そのものを変化させる側面の2つがあります。

例えば、製造業では従来、長い商品サイクルと大量生産を前提に「カイゼン(品質・生産性向上)」と「すり合わせ」を繰り返すことが競争力の源泉になりました。しかし、消費者志向の多様化、急速に進むITの流れに、従来のやり方だけでは太刀打ちできません。
これからは真新しい商品・サービスを短いサイクルで生産していく体系、そして従来のやり方を破壊し、市場に新しい価値観を生み出す破壊型イノベーションが求められるようになります。そこでは、自律的にスキル(技術)を磨く尖った人材が重要となってきます。これまでのやり方に囚われない、自由な発想をもつ人材が、AIやIT技術を活用しながら、新たな商品・サービスを生み出し、市場に変革をもたらしていくことでしょう。

ビジネス環境の変化を前向きに捉える

コロナ禍での経済の落ち込みは深刻ではあります。しかし、これをチャンスと捉えれば、今後の大きな成長の糧となる可能性もあります。
辛坊氏の講演では、さらに深掘りして、各業界で今起こっていること、そして企業を成長軌道に乗せるために何をすべきかを詳しく解説しています。興味をお持ちになった方は、システムブレーンまでお問合せください。

辛坊正記  しんぼうまさき

経済評論家 経営コンサルタント


時局・経済その他ビジネストピック

『日本経済の真実』『日本経済の不都合な真実』の著者。経営企画、投資顧問会社設立、信託会社・証券会社の経営(共に社長)等に携わった元銀行員で、実務を通じて経済と金融を見続けた。米国MBAとして理論的知見も持つ。組織人事、IT部門運営経験もあり、ビジネスマンの視点で経済と金融が語れる。

プランタイトル

日本経済の現状とビジネス環境
~コロナ禍を超えて未来を拓くために

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