昭和57年の交通事故で「一生寝たきり」を医師から宣告された私。 だが、娘の励ましと水上勉先生の「跳んだり、ハネたりするだけが女優ではない。声が残っているではないか」とのお言葉などに支えられ、“語り部”として舞台にカムバックできました。 車椅子女優として、また二女の母として生かされて、生きる私について語ります。