株式会社パスモの社長として電子マネー『PASMO』を開業に導き、東京スカイツリー開業プロジェクトでも鉄道会社の役員として広報責任者を務めた大垣 雅則(おおがき まさのり)さん。

数万人が携わる大プロジェクトを牽引した実績を持ち、これまで2,000人以上の経営者・リーダーにリーダーシップを教えてこられた大垣さんに、組織を成長させるリーダーになる魅力とその方法について伺いました。

人事部を離れ社長に。101の事業者が一体となった『PASMO』事業

▲東武鉄道株式会社に勤務していた頃の大垣さん。役員として東京スカイツリーの広報戦略プロジェクトリーダーも務めていた。

――大垣さんは株式会社パスモ社長として『PASMO』の開業を指揮されましたが、どのような経緯で社長になられたのですか?

大垣 ある子会社の社長に任命されたことがパスモの代表になった最初のきっかけでした。新卒で東武鉄道株式会社に入社して以降20年間は人事や人材育成に携わっていたのですが、40代半ば頃に倒産寸前の子会社の社長に任命され、その再生を任されたのです。なんとか3年ほどで業績を回復させることができ、その結果が評価されて東武鉄道本社の営業部長として東武鉄道全駅を管轄するようになりました。

そんな中で出てきたのが、私が株式会社パスモの社長に就任するという話でした。当時の社長が他業務を担当することになり、交代する必要が出てきたからです。しかしそれは『PASMO』開業まで残り半年という大変な時期でした。『PASMO』は東武鉄道だけでなく、101の交通事業者が共同で運営している事業です。そしてパスモの社長は、その101の会社をまとめていかなければならない立場です。しかも当時は銀行のシステムトラブルも発生しており、その中で『PASMO』をうまく開業させるというのは、非常に重い課題でした。

――共同運営の立場で101の会社をまとめるというのは、ご苦労も多かったのではないですか?

大垣 当然1社で意思決定するよりも時間がかかりますし、事業者によって事情も考え方も異なります。開業まで時間がない中、それぞれの状況を考慮しながらサービスを均等にしていくのは苦労しました。半年で101の事業者をまとめていくのは大変でしたが、やりがいも大きい仕事でしたね。

“分かる”と“できる”は違う。組織を率いる鍵とは?

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――101の会社を牽引していくというのはかなりリーダーシップが必要とされると思いますが、リーダーとして意識されていたことはありますか?

大垣 『PASMO』は業者の方まで含めると数万人規模の非常に大きなプロジェクトでした。その中で特に意識していたのは、「意思決定のプロセスを“見える化”して、まわりを巻き込んで進めていく」ということです。組織運営において、痛みが伴ったり多額の予算が必要になったりする問題に関しては、いかに周囲の理解を得て、まわりを巻き込んで一緒に進めていくかが重要になります。そこで最も大切にしなければならないのが、意思決定のプロセスです。

リーダーとして何か意思決定する場合、時には苦渋の決断もあります。極端な例えを言うならば、みんなが「ディズニーランドに行きたい」と言っているときに、リーダー一人だけが「富士山に登ろう」と提案するようなものです。しかも、「やっぱり富士山に登ってよかった」と、メンバーから感謝される結果にしなければならないのです。

――それは…かなり難しい状況ですね。

大垣 そんな難しい状況でもみんなに納得してもらうためには、意思決定のプロセスを明確にすることが重要になるのです。なぜなら多くの人は、巻き込まれるのではなく主体的に選択したいものだからです。多くの人がAがいいと言っている状況でBに決定するには、なぜBにすべきかというエビデンスや状況を、多くの方が理解できるよう分かりやすく説明する必要があります

幸いパスモは私の就任前から各事業者の部長や課長などが取締役会を傍聴できるシステムを採用していたので、その点はやりやすかったと思います。取締役会では当然意見が対立する場面も出てくるわけですが、それもしっかりと見てもらえるよう徹底して見える化したことが、成功の要因だったと思います。

ーー納得できる材料を明確に提示するということが、組織を牽引していく上で重要なのですね。

大垣 そうですね。ただ、重要なことがもう1つあります。それは、しっかりと議論できる雰囲気を作り、意見を聞くということです。リーダーが1人で強力に推し進めることも1つの手かもしれませんが、いつもその手法ばかりでは、周りのメンバーは「どうせ意見なんて聞いてくれない」と受け身になり、モチベーションが大きく低下してしまいます。

意思決定をする際にすべきことは、心理的安全性を高めてみんなの意見を出し合うことです。反対意見も賛成意見もすべて出し合って、徹底的に議論していくのです。リーダーはみんなが何でも言っていいと思える雰囲気を作っていきながら、感情論にならないようその議論を調整していきます。そうしていくと、みんなが納得する結論を出せるようになるのです。

――自分が少数派である場合、反対意見を聞いていくのは勇気が必要そうですね。

大垣 メンバーからの意見をリーダーが反対意見や批判として受け止めてしまうと、心理的安全性は高められませんし、創造性のある新しいアイデアもなかなか出なくなってしまいます。リーダーは聞き役に徹し、むしろ反対意見を積極的に引き出す度量を持つことが重要です。実は私自身、若い頃はそんな度量があるリーダーとは逆のタイプでした。本当に失敗だらけで、「自分はリーダーに向いていないのではないか」と悩んだ時期もあったほどです。でも、そんな失敗に追い込まれていく日々から得た気付きがたくさんありました。

――大垣さんご自身がトライアンドエラーを繰り返し、その中で成功方法を見つけてこられたのですね。

大垣 そうです。しかしリーダシップは、ただ理解していることと実際にできるのとでは、成果が大きく異なってきます。理論を学ぶことも大切ですが、知識を付けるだけでは成果は出ません。得た知識を実践し、応用し、うまくいくまでやり続けることが大切ですが、それを実行する勇気が出ない方も多いようです。そのため講演会では私自身の失敗談を交えながら実践方法をお伝えし、聴く方が「めげずにやってみよう」と思えるようなお話をするようにしています

リーダーに求められるのは“やり方”より“あり方”

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――リーダーシップがうまくいっている組織とうまくいっていない組織との間には、どのような違いがあるのでしょうか?

大垣 リーダーシップがうまくいっている組織では心理的安全性が高く、明るい雰囲気の中でメンバーが格上の仕事にもチャレンジできています。一方うまくいっていない組織では、リーダーが部下の仕事にまで手を出してしまったり、細かく管理してしまったりするコントローラー型上司になっています。こうなると社内にチャレンジする空気がなくなってしまい、部下がやる気を出せません。これは真面目な上司に起こりやすい状況なのですが、「結果を出さなければ」とプレッシャーを感じて、短期的な成果を求めてしまうのです。私自身も、この失敗を経験してきました。

組織のマネジメントがうまくいく鍵は、部下が自発的にやる気を出せるような育成ができるかどうかです。リーダーは孤独で追い詰められやすい立場なので、焦りを感じてしまうと思います。しかし、部下をコントロールして結果を出そうとするのではなく、部下のチャレンジに対し一緒に考えて応援していくようなリーダーシップが、これからの時代のリーダーシップだと私は考えています。

――リーダーに必要な資質とは何だとお考えですか?

大垣 あれば有利な資質はあると思いますが、実はリーダーシップ理論では「この資質がないとリーダーになれない」という資質はないとされています。その上で私がどのリーダーもあるといいと感じている資質は、組織や人の成長を楽しめるということです。近年は働きやすさを求める傾向にありますが、周りや会社が豊かになることや、自分たちが提供するサービスで世の中がよくなっていくことに喜びや働きがいを感じられるというのは、リーダーとして最も大切な資質だと思いますそれさえあれば、その他のテクニックはいくらでも学べるものです。

――なんだか根底に愛を感じる資質ですね。

大垣 その通りです。大切なのは愛情なのです。リーダーシップに重要なのは、“やり方”よりも“あり方”です。テクニックも必要ですが、人間としてのあり方と、メンバーとの深い関係性をどう作っていくかという土台が重要になります。私はリーダーシップは生き方の問題だとも考えているので、生き方を探るために哲学も学んでいます。「自分はどうあるべきか」という生き方についても今後研究を進め、お伝えしていきたいですね。

――大垣さんが考える“リーダーを務める魅力”とは何ですか?

大垣 やはり人が育っていく様子を見られることが一番の魅力だと思います。みんなが働きがいのある環境を作ることで職場のコミュニケーションが活性化し、心理的安全性が高くなることでいろいろなアイデアやチャレンジがどんどん生まれていく。そんな躍動する組織に変わっていくプロセスを感じながら仕事をすることは、本当に楽しいことです。

また、チームに深い絆が生まれることや、そんな仲間たちと共にプロジェクトを成功させる達成感も大きな魅力だと思います。私自身様々なプロジェクトに携わる中で、自分のリーダーシップによって強いチームが育ち、そのチームが世の中の進化と向上に少しでも貢献できていくことに大きな達成感を感じました。

使命感を持って“真のリーダー”を育成していく

――2019年にリーダー育成事業を行う旭コンサルティングを設立されましたが、どのような思いで設立されたのでしょうか?

大垣 人材教育に長年携わった中で様々な研修も実施しましたが、その場では感銘を受けても職場に戻ると元通りになってしまう方がたくさんいらっしゃいました。そのような様子を見て、若い頃から持ち続けてきた思いが、「現場でリーダーシップを執ってきた実績があり、本当に実践できるリーダーシップを教えられる人間が必要だ」ということです。そんな思いを抱えたまま60歳を迎え、これからの人生を考えたときに「自分の使命は人を幸せにし、組織を輝かせるようなリーダーを多く育てることだ」と思い至り、旭コンサルティングを設立しました。講演会もその活動の1つです。そのほかにも『大垣塾』というリーダー実践力を育成する少人数制のリーダー育成塾を開設し、ティーチングやコーチングの手法で、短期間でリーダー力を一気に高めることに成功しています。

――講演会ではどのようなお話をされていらっしゃいますか?

大垣 業績を上げることにプレッシャーを感じている管理職や経営者の方に共感を示しながら、部下の主体的・自発的なやる気を高めることが業績向上につながるということをお伝えしています。ただ理論を伝えるのではなく、どのようにそれを実践していくかを示していくのが私の切り口です。リーダーシップが必要なのは役職者に限りませんので、後輩を1人でも抱えている方から経営者の方まで、幅広い方に講演を聴いていただきたいですね。

私は社員も経営者も経験していますので、部下の気持ちもリーダーの気持ちも理解できます。過去の経験からどのような気付きを得て今があるのか、私のリアルな経験談を失敗談も交えたストーリーテリング形式でお伝えしていきますので、きっと共感していただけると思います。「メンバーを大切にして、その人たちを元気にすることがリーダーの最高の仕事なんだ」と感じていただけるような講演会にしたいと思ってお話ししています。

――最後に、大垣さんの夢をお聞かせください。

大垣 私の夢は、人をやる気にさせ、輝かせる“真のリーダー”を一人でも多く育てることです。部下にやる気を出させたい、やりがいのある仕事をさせてあげたいと思いながらもその方法が分からないと悩むリーダーの方々に、私の体験談を通してその方法を伝えていきたいと思っています。世の中の進化と向上に向けて頑張っていくリーダーを、残りの人生の中で一人でも多く育てていきたいです。

――本日は貴重なお話をありがとうございました!

大垣雅則 おおがきまさのり

元 株式会社パスモ 代表取締役社長 リーダー実践力育成「大垣塾」塾長 エグゼクティブコーチ

経営者・元経営者コンサルタント実践者

2007年㈱パスモ社長として、首都圏101の交通事業者をまとめ、電子マネー「パスモ」をデビュー。その後、鉄道役員として東京スカイツリープロジェクトを推進。現在エグゼクティブコーチとして300人以上のリーダー・経営者を育成。ビジネスリーダー実践者の視点を活かした指導に定評がある。

プランタイトル

元㈱パスモ社長から学ぶ
人をやる気にさせ、強いチームを作るリーダーのノウハウ

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