一口にSDGsと言っても「環境」や「人権」など様々な分野の課題がありますが、特定の分野に限定するのではなく、”もし自分が日本のCEOなら”という目線で、包括的にサステナブル(持続可能)な社会を実現しようと考えている方がいます。
サステナビリティ学者であり、SDGs社会起業家としても活躍されている笹埜健斗さんです。
サステナビリティ学の第一人者として国際的評価も高い笹埜さんに、前後編にわたって「サステナビリティ」について語っていただきました。前編は笹埜さんの「サステナビリティ」に対する考え方や取り組みに関するお話です。ぜひご覧ください。
「死」に直面して本気で考えた「生きる意味」と「終わり」とは
――笹埜さんは高校時代に生死の境をさまよったご経験から哲学に目覚められたそうですね。
笹埜 交通事故に遭って緊急処置を受けたのですが、それが人生における転換点の1つになったと思っています。「このまま死んでしまうかもしれない」というのは怖い体験でした。「死」という非日常が間近に迫った体験をしたことで、「このまま続いていく」と思っていたものが「何の前触れもなくある日突然に終わってしまう」ということにすごく衝撃を受けました。
私は小さいころから仏教や民俗学に触れる機会が多い環境で育ったため、以前から物事が続いていくこの世界の”在りよう”に興味を持っていました。しかし、集中治療と入院中においてお世話になったたくさんの医師や看護師、カウンセラーの方々とかかわらせていただく中で、“社会制度のあり方を変えていかなければ医療実務のあり方は変わらない”ということを痛感し、「社会制度や医療制度を含めた、様々な政治や社会の”在りよう”を外から見直す存在になりたい」と思うようになりました。
――死生観と「サステナビリティ」が繋がっていったんですね。
笹埜 はい。地球環境や社会や経済システムといったものは、続けていかざるを得ないものとして後世の人々に押し付けられているという側面もあり、ある種”生き地獄”のようなサイクルになってしまっている暗い部分もあります。実際、研究者や経営者、また社会福祉士(※注1)などの立場から見てきた中でも、「生きている方が辛い」とおっしゃる方も多くいらっしゃいました。
他方で、死んだら無になるのもまた事実で。私は「自分がいなくても世界は回り続ける。それなのに、自分が生まれて、生きていくことの意味は何か?」、もっと言えば「なぜ世界はこの”在りよう”なのか?」という疑問と徹底的に向き合いたくなったんです。そこで、高校1年生の時に国際哲学オリンピックに出て、そういったことをひたすら議論したり問うたりしてみました。「どうやってサステナブルな未来にしていくのか?」「100年くらいしか生きられない人間にできることがあるのか?」「もし何かできるとすれば、いったい何ができるのか?」と。
すると大会では「持続可能な社会未来を作るためには、生態系に着目すべきだ」と主張する人もいれば、「持続可能な未来を作るためには、人間の思考力を飛躍的に高めるマシンを開発すべきだ」と主張する人もいて、突拍子もないけど興味深いアイデアが次々に出てきたんです。それがすごくおもしろいと思って。それが「サステナビリティ学」の世界に入るきっかけの一つだったと思います。ちなみに、私は「国境を越えた”愛”が必要だ」ということを熱く議論しすぎて「ドクター・ラブ」などと揶揄されたのもいい思い出です。
※注1 笹埜さんは社会福祉士の国家資格も取得している
「単なるブームで終わらせない」制度から考えるサステナブルな社会システム
――京都大学と東京大学院で法学や情報学について学ばれたのも、サステナビリティ学に繋がっているのでしょうか?
笹埜 はい。持続可能な未来のために社会制度を変えていこうという思いがまずあったため、法学や政治学を学びました。そのため、政治・政策・法といった幅広い視点から「サステナビリティ」を考えていくのが私の特徴かもしれません。また、サステナビリティに関するグローバルな仕組みづくりに国家レベルでもビジネスレベルでも貢献していくために、国際政治学と国際経営学という分野も学んできました。最近はサステナブルファイナンス理論や、ChatGPTのような大規模言語モデルの研究開発も行っています。それらの研究の根幹もやはり「サステナビリティ」がキーワードになります。
近年はSDGsの中でも環境問題が取り沙汰されることが多いですが、1つの分野に偏ってしまっては本当の意味でのサステナブルとは言えないと思っています。1つの分野をとことん追究することも重要ですが、「色々な分野の方々が国内外のプラットフォームなどによって繋がることがすごく重要だ」というのが私の考えです。
今の私の最大の課題は「サステナブルな”サステナビリティ”をいかに実現するか?」です。「サステナビリティ」が一次的なブームで終わらず、単なる綺麗事と思われないためにも、”制度作り”という点に最も注目しています。なかなか難しいですけどね。
――笹埜さんはサステナブルな制度作りのために様々な取り組みをしていらっしゃるんですよね。
笹埜 例えば、インドでは最高サステナビリティ責任者(CSO:チーフ・サステナビリティ・オフィサー)(※注2)やそれに準ずる役職の方が日本の約2倍いて、経営における役員レベルで「サステナビリティ」の発想が取り入れられています。日本でも海外の事例も参考にしながらCSOの役割やキャリアパスなどについて考えていかなければなりません。
そこで私たちが力を入れているのが「サステナビリティ人材」の育成です。大学のビジネススクールなどで提供できる講座を開発するために、数多くの方々と共に動き出しています。日本にはまだ「ビジネス・サステナビリティ」に関する教科書的な情報がないため、様々な研究者や経営者の方々と協力して教材開発も進めているところです。
※注2 企業のサステナビリティ部門の最高責任者
研究者兼CEOの視点から「サステナビリティ」を考える。
日本人だからこそ世界に向けてできること
――笹埜さんの活動は全てがリンクしているように感じますね。
笹埜 まず、最近の研究成果として感じていることの1つが「最高サステナビリティ責任者(CSO)は、いわば”コーポレート・ソーシャルワーカー”である」ということです。
たとえばソーシャルワーカーは、地域社会のなかで生活するうえで、実際に困っている人々や社会的に疎外されている人々と様々な関係を構築し問題解決に取り組みます。そのため相談者本人だけでなく、相談者のご家族やご友人その他医療機関等にも働きかけます。
一方でCSOは、持続可能な企業価値創造やリスクマネジメントを目指し課題に取り組みます。株主・顧客・従業員などのステークホルダーが直面する問題を可視化し、現状と理想のギャップを把握。そして公正で持続可能な事業活動を実現するためのリソースやサポートを適切に提供するのがCSOの役割です。
つまりCSOは、企業内外のステークホルダーに働きかける”ソーシャルワーカー”であると捉えることができます。
こうした観点から見れば両者の間には、
- 問題を発見・整理する
- 現状と理想のギャップを把握する
- 公正で持続可能な状態を実現するためのプランや戦略を策定する
というプロセスのうえで、リソースやサポートを適切にマネジメントするという共通点があるのです。
もちろん、ソーシャルワーカーは個々人や地域コミュニティを対象としているのに対し、CSOは企業内外のステークホルダーを対象としており、それぞれの視点とアプローチは異なると言えます。しかし、両者はともに「より公正で持続可能な状態」という共通の目標に向かっています。
こうした知見なども踏まえて、環境や人権などサステナビリティの中にも様々な分野がありますが、私はそういった分野を包括的に把握し続け、各分野の方々とのコラボレーションに向けてオーガナイズしていく存在として多彩な分野に携わっていく“サステナビリティ学者”を目指しています。
また、『笹埜健斗のSDGs白熱教室』と呼ばれているワークショップや講演会も開催しているのですが、自分でも驚くくらいの好評をいただいています。元は社内向けに始めたイベントですが、去年は350日連続で仕事終わりに2時間その収録をしていました。それに気が付いたときには自分でも驚きましたね。だけどやっぱり好きなんですよ、「サステナビリティ」が。「サステナビリティ」に携わることは単なる仕事ではなく人生だと思っています。
――笹埜さんのお考えや行動からは「自分が実現するんだ!」という使命感も感じますね。
笹埜 そうですね(笑)。使命感という点ですと、「国際社会の中で日本人として何ができるか」ということは国際哲学オリンピックに出場した頃から考え続けています。国際社会で見ると、SDGsはヨーロッパをはじめとした世界各国、ESG投資(※注3)はヨーロッパに加えてアメリカやイギリスというように、諸外国が先行して「サステナビリティ」に取り組んでいます。
これまで日本のサステナビリティの専門家は、諸外国からのサステナビリティ情報を日本に伝達する役割を担ってきた傾向がありましたが、それは「第1世代のSDGs」です。「第2世代のSDGs」は、これまで諸外国から学んできたことを実践するフェーズに入っている、と気を引き締めています。
今までは綺麗事として理解していた点もあったと思いますが、いざ実践するとなると本気で考えて取り組まなければなりません。そのためには最高サステナビリティ責任者(CSO)やNGOなどが政府とも繋がりながら実践し、それを世界に発信していくことが重要です。私自身、ダボス会議やPRI会合などの国際会議には積極的に参画しています。直近では、アジア開発銀行(※注4)とXBRL International(※注5)の国際カンファレンスでもスピーチをする予定です。そこではSDGs落語も披露しようと思っています。
ーー笹埜さんご自身が”SDGs落語”をされるんですか?
笹埜 はい。落語や狂言、講談、漫才などが大好きで、落語も勉強しています。伝え方一つでわかりやすくなることがありますし、喋ることも大好きなので落語を取り入れようと思ったんです。外国語で論文を書き、日本人として世界に発信していくという立場も大切にしていきたいですが、難しいことを噛み砕いてわかりやすく伝え、人々に興味関心を呼び起こしていくような存在にもなりたいと思っています。
諸外国の方から学ぶこともありますが、日本の文化や自然との付き合い方という点は世界に発信していけることだと思っています。落語でも「お先に失礼します」と挨拶をしたりしますが、後の人のことを常に意識して、思いやることが当たり前のようにできるというのは日本独自の感覚だと思うんです。そういった日本らしい文化や感覚を自信を持って伝えていくことが、私のアイデンティティや使命感に繋がっていると思います。
――笹埜さんが海外ではなく日本を拠点にしていらっしゃるのも、そのアイデンティティが理由なのでしょうか?
笹埜 海外に進出しろというのはよく言われますね(笑)。確かに最近はアメリカで講演をしたり国連関連のイベントに参加したりといった海外での活動も始め、想像していたよりも高い評価をいただいています。でも、「まずは日本から見たSDGsの現状を伝えていくべきだ」と考えて日本を拠点にしています。
私は日本という国をCEOの視点からいかにサステナブルに運営していくかを考えているのですが、海外の方々はそういった点を評価してくださっているようです。というのも、最近は法人も政治に関わるようになり、「国家が企業化し、企業が国家化してきている時代」になってきているからです。
近年、国家と企業の境界がますます曖昧になってきており、国家が企業化し、企業が国家化するという現象が見受けられます。これは、それぞれが社会の変化に対応して、その役割と機能を拡大・深化させている結果です。
まず、「国家が企業化している」という観点から見てみます。これは郵政民営化のように、国営事業を民営化するという意味ではありません。近年、日本年金機構が年金積立金を投資運用するという動きや政府CIO及び各府省CIOの導入など、国家が企業のように投資やデジタル戦略を行うという事例が見受けられます。つまり国家が、効率性・利益追求・リスク管理といった企業の”特性”を持つようになったことを示しているのではないでしょうか。このように、国家は公共の利益を追求するだけでなく、限られたリソースの有効な管理や投資による財政の健全化も重視するようになりました。
次に「企業が国家化している」という観点ですが、ここではGAFAM(※注6)のような巨大なIT企業が社会インフラとして存在するため、国家に負けないほど大きな影響力を持つようになった…という意味ではありません。私が指摘したいのは、近年、企業はビジネス活動を通じて利益を追求するだけでなく、ステークホルダーへの配慮や環境・社会課題への貢献も重視するようになったことです。従来、国家が担ってきた社会福祉や公共の利益を、企業も追求するようになったことを示しているのではないでしょうか。このように、企業はビジネスの成功だけでなく、社会全体の持続可能性や公正性も重視するようになりました。
以上により、国家は社会の福祉と財政の健全性を両立させるために企業的な視点を取り入れ、企業は社会的な課題に対応するために国家的な視点を取り入れています。「国家が企業化し、企業が国家化してきている」という現象は、社会全体が持続可能で公正な未来を目指すうえで見逃せない重要な変化といえるでしょう。
だからこそ「”日本のCEO”としての視点で考えたらどんな発想ができるか?」「内閣総理大臣などの政治家とは別の視点でどのようなことを提供できるか?」といった研究アプローチやそれに基づく実践が高く評価され始めたのではないかと思っています。現代社会では、企業や個人目線で「サステナビリティ」というキーワードが盛り上がっていますが、それらの知見を国家システムにも応用していきたいというのも私の野望の一つです。
※注3 環境・社会・ガバナンスの視点を取り入れた投資のこと
※注4 アジア・太平洋地域を対象とする国際開発金融機関のこと
※注5 ビジネスに関する説明責任と透明性の向上を目的とする国際非営利団体のこと
※注6 Google、Apple、Facebook(現Meta Platforms)、Amazon、Microsoftのこと
【笹埜さんの主な国際会議スピーチ・登壇実績】
- Click To Ransom – CNA
- International Philosophy Olympiad
- Sweden Innovation Days
- AsianBondsOnline
- PRI Academic Network Conference
- PRI in Person 2023
- ADB ABMF-XBRL アジア・ラウンドテーブル合同会議(2023年7月登壇予定)
「ChatGPTは人とAIの相互育成ゲーム」
サステナビリティ学者から見るChatGPTの活用法
後編では、サステナビリティ学の観点からChatGPTの登場で一躍有名になった大規模言語モデル(LLM: Large Language Models)の研究を進めている笹埜さんに、ChatGPTの仕組みや活用法についてお話いただきました。…
笹埜健斗 ささのけんと
作家 タレント
京大法学部、東大院情報学環・学際情報学府を経て、各業界の最高サステナビリティ責任者やSDGs戦略顧問を歴任。現在は「サステナビリティ学」第一人者として、ChatGPT活用プロンプトエンジニアリング等の技術開発をリード。学生・社会人向け『SDGs白熱教室』、メディア出演、著作など多方面に活躍中。
プランタイトル
人的資本情報開示の義務化
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