前回に引き続きサステナビリティ学の第一人者である笹埜健斗さんにお話を伺いました。
今回のテーマは様々な業界に革命をもたらすと言われているChatGPT(チャットジーピーティー)。様々な活用法があるため、サステナビリティ経営に役立つツールとしても注目を集めています。サステナビリティ学の観点からChatGPTの登場で一躍有名になった大規模言語モデル(LLM: Large Language Models)の研究を進めている笹埜さんに、ChatGPTの仕組みや活用法についてお話いただきました。

ChatGPTは「秘書」になる。アイデア次第で広がる活用法と注意点

――最近はChatGPTの活用促進にも取り組んでいらっしゃいますが、ここに着手した理由は何ですか?

笹埜 ChatGPTの場合は、サステナビリティ部署にお勤めの方の大半が分析や社内報告書などの業務を効率化したいと考えていたところから始まりました。その中で「ChatGPTとSDGsのコラボレーションってとても面白いじゃないか」と考えたことが、ChatGPTをはじめとした大規模言語モデル(LLM: Large Language Models)の研究を始めたきっかけです。

現在は、主に、①ChatGPTを活用した業務効率化、②ChatGPTを活用した人材育成、③ChatGPTを活用したSDGs分析について研究しています。ChatGPTを特定のタスクに最適化するための新しい技術を使用すれば、サステナビリティに特化した正しい知識を学ぶための教材をChatGPTで作ることや、ワークショップでChatGPTと議論することができるようになり人材教育にも活用できます。各領域の専門家と定期的に検討会を開催していますが、これからChatGPTを開発したOpenAI社との共同研究も開始する予定です。

――ビジネスにおいてChatGPTはどのように活用していけるとお考えですか?

笹埜 ChatGPTを「秘書」として捉えることが重要だと思っています。私は「パーソナルAIエージェント」と呼んでいます。例えば、会議をした後でChatGPTにその議事録を作らせる場合、正直なところ人間よりもChatGPTの方が上手と感じるかもしれません。

ただ、その情報やアイデアを出す議論そのものをChatGPTに丸投げしようとする例も増えていますが、それはもったいない。全く意味がありません。現在(2023年6月時点)のChatGPTは間違った情報を作ってしまうことがあるからです。こうした現象はかねてより「ChatGPTは”幻覚”を見る」と表現されてきました。そのため、”教えてもらう”といった情報を入手する用途のみで使うことは、少なくとも今は避けたほうがいいでしょう。「意思決定や責任を伴うような判断は人間が行う」という、自分で考えるべきところとChatGPTで自動化する部分の線引きが一番重要になると思います

――そんな便利なChatGPTの仕組みを理解することから始めるのがよいかもしれませんね。

笹埜 ChatGPTの仕組みを簡単に説明します。GPT(Generative Pre-trained Transformer)は、与えられた一連の単語または文字に対して、次の単語または文字が何であるかを予測するという仕組みが元になっています。これは、人間が文章を読むときに「次に何が来るのか?」と予測する行為と非常に似ています。

例えば、「吾輩は猫である」という一文について見てみましょう。

ChatGPTは初めてこの文を見たとき、{「吾輩」}という情報だけを与えられて「次に来るであろう単語は何か」を予測します。具体的には事前に学習した大量のテキストデータ(本、ウェブ記事、新聞など)から、「吾輩」の後に最もありそうな単語は何かを推測します。そして「は」の可能性が「60%」で最も高いと予測したとします(注:パーセンテージは仮定)。

次に、{「吾輩」「は」}という情報が与えられると、ChatGPTは再び次の単語を予測します。そして「猫」の可能性が「60%」で最も高いと予測したとします(注:パーセンテージは仮定)。

さらに、{「吾輩」「は」「猫」}という情報が与えられると、ChatGPTは再び次の単語を予測します。そして「である」の可能性が「60%」で最も高いと予測したとします(注:パーセンテージは仮定)。こうして「吾輩は猫である」という一文が導き出されました。

このように、ChatGPTは「自分自身の以前の予測を利用して次の予測を行う」という特性を持っています。つまり、ある一連の単語を入力したとき、ChatGPTはそれに続くテキストを生成することが可能です。この予測プロセスは、テキストの長さがどれほど長くても続けることができます。これがChatGPTが文章を生成する仕組みです。

また、ChatGPTは「ディープラーニング」(※注1)の一種で、大量のテキストデータから学習し、人間が理解できる文章を生成する能力を持っています。「ディープ」は「深い」という意味で、「入力層」「中間層」「出力層」といった多数の層によってネットワークが構成されていることを表しています。

――現在様々なプロンプト(※注2)が開発されていますが、笹埜さんも開発を進めていらっしゃるそうですね。

笹埜 プロンプトを工夫することでGPTの回答精度を高める「プロンプトエンジニアリング」という技術もありますが、私たちも”ディープに学び”、サステナビリティ業務に特化したプロンプトやサステナビリティ情報に特化した大規模言語モデルの研究開発をどんどん進めています。ぜひ楽しみにしていてください。

例えばSEO対策特化型のプロンプトなどが注目されていますが、SEO対策に限らず「プロンプトエンジニアリング」は発達し続けています。適切なプロンプトを使用することで、ChatGPTはより具体的で有用な回答を提供します。一方、不適切なプロンプトを使用してしまうと、ChatGPTは曖昧で見当違いな回答しか提供してくれません。

例えば、プロンプトエンジニアリングの基本編として、「ゼロ・ショット(zero-shot)」や「フュー・ショット(few-shot)」と呼ばれる技術が有名です。発展編としては、「COT」「Zero-shot COT」「ToT」「RAG」などの技術が挙げられます。最近だと、「アクティブプロンプト」や「方向性刺激プロンプティング」と呼ばれる技術も登場してきました。

ただ、ChatGPTに限らず、情報流出の対策は必須であることは周知徹底しなければなりません。正しい手続きを踏めば、自社の情報を取られないようにできるため、すぐに行うことがおすすめです。ChatGPT活用に関する担当者の方は、取締役に、生成AI活用戦略やプランを定期的に説明して、「何か起こった時にはどう連携を取るのか」という細かな業務フローまで決めておくと完璧でしょう。ちょうどChatGPTを使ってSDGs業務や他の企業実務を効率化するための方法を徹底的に調査して、120枚を超えるスライド資料が完成したところなので、私たちの専門データベースをさらにアップデートしていきます。

※注1 ニューラルネットワーク(人間の脳神経回路を模した数理モデル)を用いてデータから学習し、高度な予測や分類タスクを行うための技術。

※注2 ChatGPTに司令を出す命令文のこと

ChatGPTは進化する。今苦労して育てた経験が会社の強みになる

――ChatGPTは今後さらに普及するとお考えですか?

笹埜 登場時は警戒する人も多かったスマホが今や当たり前になっているようにChatGPTもそのうち当たり前の存在になっていき、「2023年時点で触っておけば良かった」と思う日がきっときます。まだ警戒する方も多く、よく大学や企業の人事部の方から、ChatGPTを使って書かれたレポートやエントリーシートへの対策を相談されることもありますが、「(使っても)いいじゃないですか」とお答えしています。ChatGPTを使用して行った工夫を評価するように、評価する側も進化する必要があるのではないかと私は考えています

例えば私たちの会社(株式会社Scrumy)では、ChatGPTを使うことを前提にした「超AI人材採用」を行っています。課題となるプロジェクトの例を与えて、「プロジェクト実現のための具体的な費用、スコープ、スケジュールを出しなさい」といった試験をやるんです。MicrosoftやGoogle、Appleなども重視している「どんな質問をすれば人や組織は動くのか」という点を理解していないとChatGPTに対しても正しいプロンプトで質問できないので、そこを評価しようと考え、実験的に実施しています。

――企業がChatGPTに長けた超AI人材を育成するために重要なことはありますか?

笹埜 重要な点は2つあります。1つめは、「いま最強のプログラミング言語は”英語”」、だから”英語”をしっかり学ぶことです。読み書きができるレベルで英語を使いこなせる人は、ChatGPTを扱うのに充分な素質をお持ちだと思います。ただ、最高サステナビリティ責任者(CSO:チーフ・サステナビリティ・オフィサー)(※注3)や最高情報責任者(CIO:チーフ・インフォメーション・オフィサー)(※注4)を育成するためには、英語だけでなく、SDGsやファイナンス理論、そしてChatGPTをはじめとした生成AIの知識とスキルも必須科目になると思います。

もう一つ重要なのは、「超AI人材になるためのキャリアパス」を企業が提示していくことです。ChatGPTを使える人材を単なる技術者という評価で留めるのではなく、“SDGs経営を加速させるための素晴らしい素質を持つ人材”として評価することにより、ChatGPTを理解したいという人が増えていくと思います。

――「2023年に触っておけばよかったと思う日が来る」と仰っていましたが、今この段階でChatGPTを経営に取り入れていくメリットはなんでしょうか?

笹埜 ChatGPTのような大規模言語モデルはRPGのように経験値を蓄えて進化していくものなので、早めに始めた方が絶対にいいのです。また、進化させるだけでなく経験値を貯めるプロセス自体が重要だと私は考えています。取り入れるリスクは何か、そのリスクを自分の会社ならどんな機会に変えられるのかと試行錯誤した経験から得られる学びがその会社の強みになるからです。後になって一般的なガイドラインやノウハウが定まってから導入する場合では、プロセスから学ぶことができなくなってしまいます。

アメリカの投資家ウォーレン・バフェット氏が「潮が引いた時に初めて誰が裸で泳いでいたかが分かる(”You only find out who is swimming naked when the tide goes out.”)」と言ったように、後になって付け焼き刃で取り入れた企業と、早くから自分たちでリスクと機会を洗い出してきちんと向き合ってきた企業とで差が出るときが必ず来ます。その時に後悔しないためには、今苦労することが重要だと思っています。

――今から試行錯誤して、自分の会社に適したChatGPTに育てることが重要なんですね。

笹埜 それがものすごく大事ですし、ChatGPTだけでなく、我々使う側も共に育つことができることもChatGPTの魅力だと思っています。
現在検索サービスとして主流のGoogleなどの”Web2”と呼ばれる中央集権的なサービスは、広告収入により成り立っているため広告主である大企業などが検索上位に上がりやすく、検索するためにはキーワードを選ぶ感覚が求められることがあります。
例えば『胸 ドキドキ』と検索すれば、「恋」「動悸」の両方が提示されるような…。このように消費者が本当に知りたい情報と検索結果との間に大きな乖離が生じることがあるんです。またSNSでも「バズれば収益になる」という仕組みから質の悪い真偽不明の情報が増えてしまいましたが、ChatGPTはそうした従来の仕組みを大きく変えました。

ChatGPTは広告収入ではなくOpenAIへの有料課金で成り立っています。つまり月額わずか20ドルで、自分でシステムをカスタマイズしながら自分のニーズに特化したサービスを受けられる未来が開かれたのです。適切なプロンプトを提供すれば、自身のニーズに沿った情報がきちんと返ってくるというエコシステムは、ビジネスモデルの大きな転換点になったと思っています。

また、自分自身や自分の会社に適したChatGPTに育てるために参考になるのが、すでに訓練されているモデルを新しいデータを使って訓練し直すことができる「ファインチューニング」(※注5)という技術です。

「ファインチューニング」のメリットは、既存モデルの知識を引き継ぎつつ、既存モデルでは対応し切れなかった領域への適応能力を向上できる点です。つまり、これまではChatGPTの回答精度が低かった特定の業種や業務に特化した高性能な新規モデルを作ることができます。

大まかに言えば「ファインチューニング」の手順は、「準備」→「実行」→「検証」の3ステップで行われます。

Step 1は「準備」段階です。大量のデータ(例えば、ウェブ上のテキストデータなど)を使って訓練されたモデルを改良するために、訓練のために使う「訓練データ」と訓練後の検証のために使う「検証データ」を準備します。「訓練データ」は必須ですが、「検証データ」は任意です。さらに「パラメータ」「損失関数」「最適化アルゴリズム」などを設定します。

Step 2は「実行」段階です。特定の業界や業務に関する「訓練データ」を使ってモデルを再訓練します。これによって特定の業界や業務に関する回答精度を向上させたモデルが出来上がります。

Step 3は「検証」段階です。「検証データ」を使って、再訓練して出来上がったモデルの性能を評価します。必要に応じて調整を繰り返していきます。

※注3 企業のサステナビリティ部門の最高責任者

※注4 企業の情報システム部門の最高責任者

※注5 事前学習(Pre-training)したモデルを新しいデータを使って再訓練すること

目標は人材育成。サステナビリティの面白さを世に広めるため努力を続ける

――ChatGPTの台頭によりGoogleなどの検索システムがなくなるのではないかという意見も聞かれますが、そのような可能性はあるのでしょうか?

笹埜 紙の辞書と電子辞書のように、異なる魅力のある検索方法のため、Googleが廃れることはないでしょう。それに、ChatGPTにピンポイントで質問するためにはある程度の知識量がなければできないので、まずはGoogleで大まかな知識を得るという作業が重要になります。

ChatGPTへの「質問力が問われる」という側面は学校教育でも注目されており、最近は多くの中学校や高等学校から講演依頼をいただいています。ChatGPTにピンポイントで質問するためには国語力や論理的思考力、問題発見能力が必要とされるため、生きて学ぶ力を高めるツールとしても利用できるからです。教育にChatGPTを取り入れるには「セキュリティ」の問題があるため環境設定が必要ですが、その辺りも含めてお手伝いしています。

――笹埜さんは中学校や高等学校でも講演をされていらっしゃるんですね!講演会ではかなり詳しくChatGPTの利用法についてお教えいただけるのでしょうか?

笹埜 講演会では、”セキュリティ”と”ワクワク感”を両立させるために開発した様々なオリジナルツールを準備していて、ワークショップで手を動かしていただきながら、かなり具体的にお話させていただいています。また、何回かに分けて構築し、最後は大連携させてChatGPTを自動化する“ディアゴスティーニモデル”と呼んでいる講座も実施しています。

最近は企業だけでなく、自治体などからご依頼を受けることも多くあります。さらには「ChatGPT」を仕事にされている方や、これから仕事にしていきたい方はもちろん、あまり詳しくないと不安に思われている方のサポートも続けていきたいです。そこで、①豊富なパッケージ(「入門編」「応用編」「実務編」「事例編」)から選んでいただく場合にも、②ニーズに合わせてパッケージをカスタマイズする場合にも対応しています。専門分野への対策をサポートするのはもちろんですが、”基本の段階から安心して相談できる相手”としてご案内します。

――最後に、笹埜さんの夢をお聞かせください。

笹埜 私の夢は「ChatGPT」を使いこなす「サステナビリティAI人材」を大量に増やしていくことです。確かに、「サステナビリティ」というキーワードは、概念や背景が複雑で難しいです。でも同時に、深く知れば知るほど面白い世界です。これからも、「サステナビリティ」の世界を「面白い!!」と思ってくださる方々をどんどん増やしていきたいですし、そういった方々が様々な場で活躍されることをバックアップしていきたいと思っています。だから私はこれからも最先端で研究を続けるのと同時に、それによって得られた知見をできるだけ分かりやすく、落語なども使いながら面白く解説をさせていただく存在として、これからもサステナブルに成長をしていきたいなと思っています 。

――本日は貴重なお話をありがとうございました。

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笹埜健斗 ささのけんと

作家 タレント

大学教授・研究者経営者・元経営者コンサルタント

京大法学部、東大院情報学環・学際情報学府を経て、各業界の最高サステナビリティ責任者やSDGs戦略顧問を歴任。現在は「サステナビリティ学」第一人者として、ChatGPT活用プロンプトエンジニアリング等の技術開発をリード。学生・社会人向け『SDGs白熱教室』、メディア出演、著作など多方面に活躍中。

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経営のためのChatGPT入門

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