数年前から「企業にはDX人材が必要」という意見をよく聞くようになりました。しかしDX人材について、自社の現状に自信を持てる経営者や人事担当者は数少ないでしょう。そもそも、どういったスキルを持つ人がDX人材なのでしょうか。
この記事では、DX人材を社内で育成する意義や、具体的な育成ステップについて解説します。
DX人材とは何か
DX人材とはいったいどのような人のことなのでしょうか。まずは正確な定義と、DX人材が担う7つの職種について解説します。
DX人材とは何か
DXは「デジタル・トランスフォーメーション」の略です。
経済産業省はDXについて、「デジタル技術やツールを導入すること」ではなく、それらを使って「顧客目線で新たな価値を創出していくこと」と定義しています。さらに「ビジネスモデルや文化を変革していくこと」が強調されています。
「DX人材」とは、企業のDXを計画・実行・推進していく立場の人を指します。単に最新の技術に精通しているだけでなく、ビジネスプロセスへの知見や、プロジェクトを牽引する力を備えていなければなりません。
DX人材が担う7つの職種
経済産業省のIT政策実施機関であるIPA(情報処理推進機構)は、「DX人材が担う7つの職種」に、以下の7つを挙げています。
- プロダクトマネージャー
- ビジネスデザイナー
- テックリード(エンジニアリングマネージャー、アーキテクト)
- データサイエンティスト
- 先端技術エンジニア
- UI/UXデザイナー
- エンジニア/プログラマ
特に「プロダクトマネージャー」と「ビジネスデザイナー」の2つは、さまざまな企業で重要度が高い人材であることが報告されています。
国内DX人材不足の実情
国内ではDX人材が不足しているとよくいわれます。それではDX人材の実態はどのようになっているのでしょうか。
日本でDXが進まない原因は「デジタル人材不足」
CDO(最高デジタル・データ責任者)のコミュニティを運営するCDO Club Japanの「日本国内におけるデジタル人材調査」結果(2023)を紹介しましょう。同調査では、DXを阻む要因として「変革を推進するデジタル人材の不足」を挙げた企業が、全体の87%にのぼりました。
さらに総務省が2022年に公表した「令和4年 情報通信に関する現状報告の概要」調査(2022)でも、デジタル化を進めるうえでの課題・障壁に「人材不足」を挙げた企業が67%ありました。ここでも人材不足を感じている企業が「米国・中国・ドイツの3か国に比べて、非常に多い」と指摘されています。
これらの調査から、日本では特にデジタル人材不足が深刻であり、それがDXを阻害する原因になっていることがわかります。
企業のDX人材育成の実態
それでは日本におけるDX人材育成の実態はどうなのでしょうか。
デロイト トーマツ コンサルティングの「デジタル人材育成に関する実態調査2023」によると、DX人材の「育成・研修」施策(研修や資格補助など)の実施率は、一般企業で46%、DX先行企業(*1)で87%。学ぶ機会は、比較的高い割合で提供されていると明らかになりました。
しかし一般企業における「実践機会の提供」は31%にとどまっており、研修などで得た学びが十分に現場で生かされていません。
またDX人材の育成については多くの企業が、「経営ビジョン(45%)」や「育成計画(57%)」など、育成施策以前の段階で課題を感じています。
これらの結果から、「とりあえず社員へ知識習得を推奨するものの、それを経営・実務に生かす方針や計画自体が不十分」という企業が多い実態がうかがえます。
*1 DX先行企業とは、経産省等の選定による、優れたデジタル活用の実績が表れているDX銘柄企業と、 情報処理推進機構による「デジタルガバナンス・コード」の基本的事項に対応するDX認定企業を合わせた企業群のこと。
DX人材を社内育成する意義
「自社のDXは、外部から専門人材を採用する、あるいは得意な企業に依頼して進めればよい」と考えている企業もまだあるかもしれません。
あえて社内にDX人材を育成する意義とは何なのでしょうか。4点解説します。
外部人材確保にかかる採用コスト、リスクの抑止
近年はあらゆる業界でDX人材のニーズが高まっており、採用コストが増大しています。それどころか採用のみでは、想定した人材を確保できないリスクもあります。
その分、社内でDX人材を育成した方が、採用コスト削減と想定した人材の確保が可能になります。
全社規模での意識変革・体制づくり
DXは全社的な変革の取り組みであり、担当する部署や社員個人のプロジェクトではありません。
コンサルタントや外部ベンダーが企業風土や社内事情を理解するには限界があります。そのため、自社社員が中心となったほうが、意識変革や体制構築をスムーズに進められる可能性が高いです。
社内へのノウハウ蓄積
DXは1回きりではなく、最初の目標達成後も、時代や環境に合わせてメンテナンスやバージョンアップを続けていくものです。
外部の会社だけに頼るとノウハウが社内に残らず、調整のたびにコストがかかります。一方社内に対応できる人材がいれば、その必要はありません。
自社に整合したシステム構築
社員はこれまでの経験から、自社のシステムの課題を熟知しています。新機能導入やシステム刷新の際にも、社内人材のほうが互換性や使い勝手について想定外のリスクを減らせるでしょう。
外部企業が主体となって構築したシステムは、後から現場での使いにくさが露呈し、それを使う社員にとって負荷となってしまう可能性もあります。
DX人材を育成するための5ステップ
それでは、社内でDX人材を育成するには具体的にどのような段階を踏めばよいのでしょうか。ここからは企業がゼロから始める育成施策を、順に5つ説明します。
①社内スキルレベルの実態把握
まずは社内の人材がどのようなスキルを持っているのか、実態を把握するとこから始めます。テストやアンケートを通じて個人単位の所持スキルを可視化します。そうすることで、全社でのスキルバランスも明らかにできます。
このとき、技術的な知識やスキルだけでなく「変革への関心や意欲」なども含めておくとよいでしょう。ポテンシャルも含めて評価するのが重要です。
②自社の目的に基づいた人材育成プログラム策定
次は人材育成プログラムの策定です。
まずはDXで何をゴールにするのかと、その達成にDX人材に必要な知識やスキルを明確にしておきましょう。先の7つの職種を参考に、重点を置く領域を検討してみてください。
そのうえで、①座学での学習、②ワークなどグループによる取り組み、③現場で実践・達成すること、などを体系立てて整理し、プログラムを策定しましょう。
③対象人材の選定
次に対象人材を選定します。選定方法の1つに、社内公募を取り入れてもよいでしょう。
部署や役職にとらわれず、できるだけ対象を広げるのがポイントです。またデジタルスキルだけでなく、強い学習意欲や変化への柔軟性、困難に屈しないタフさなども考慮します。
ただし最初から完璧な水準のスキルセットを求めてはいけません。プロジェクトを進める中での成長を見込むことも大切です。
④研修などによる知識・スキル習得
次に、選んだ人材に研修などで知識・スキルを習得してもらいます。
研修は専門的な知見を持つ外部の講師に依頼するのもおすすめです。自社の目的や受講者の理解度に合った研修プログラムを設計しましょう。
社内で企画する研修のほか、自治体や民間企業が提供しているDX推進プログラムを活用する手もあります。
⑤現場の環境整備と業務上の実践機会提供
最後のフェーズとして、現場の環境を整備し、業務において実践する機会を提供します。
DXはこのフェーズを経ずして実現できません。しかし、多くの企業では社内理解が不十分で、DX人材の知識やスキルを業務で生かせていないのも実情です。
②で述べた通り、ゴールを社内全体に周知したうえで、社内データ収集の承認プロセスを柔軟化したり、DX担当者の業務負荷を低減したりといった環境を整えるのもよいでしょう。
DX人材に必要なスキルセット
ではDX人材が備えるべきスキルセットとはどのようなものなのでしょうか。ここでは5つのスキルについて解説します。
1.基礎としてのデジタルリテラシー
まずは基礎としてのデジタルリテラシーが必須となります。
DXは単なるツール導入ではなく、技術を駆使してビジネスモデルや業務サイクル自体を変革する取り組みです。インターネットの基礎的な仕組み、システムやネットワークへの正しい知識、最新のトレンドについて把握していることは前提条件となります。
そのうえで、どの技術をどう業務へ適用するか、課題の解決にどのような方法があるかを検討し、選択できる能力が欠かせません。
2.データ分析・活用能力
DXにおけるデータ分析とは、単に数値データを集めて図表化することではありません。蓄積されたあらゆるデータを数理的に解析し、背景を推定したり、今後の動向を予測したりして、業務に生かします。
売上やコストから、営業の成約率、製品やサービスの需要、顧客満足度、消費行動、品質管理指標、業務工数、財務や人事の状況に至るまで。企業のあらゆる課題はデータ化できます。
勘や経験則ではなく、データを活用した判断が、事業の成功や企業の成長に直結します。
3.プロジェクトマネジメント能力
プロジェクトマネジメント能力は、チーム内外の課題を把握し、戦略を策定して、予算やスケジュールをやりくりしながら、プロジェクトを成功まで導いていくスキルです。
DXはさまざまな部署や社員が関わる、全社規模の取り組みであり、やり方に1つの正解があるわけではありません。目標達成のために何度も試行錯誤を重ねる必要があります。
多くの関係者とコミュニケーションをとりながら、根気強くPDCAサイクルを繰り返していくプロジェクトマネジメント能力が求められます。
4.クリエイティブな発想力
新たなビジネスモデルや事業の創出には、既存のモデルやスキーム、阻害要因にとらわれずに絶えず柔軟なアイディアを出し続けるクリエイティブな発想力が必要です。
さらにただ思いつきを並べるのではなく、事業や業務に落とし込んで具現化する、プロデューサー的な視点や行動力も重要です。
5.デザイン思考能力
デザインというと図案や意匠を考案する行為と思われがちですが、近年では、顧客の問題解決や満足度向上につながる機能を構想・設計することを「デザイン思考」と呼びます。
デジタル技術を用いたサービス構築には、この視点が非常に有効です。
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よくある失敗例から学ぶ、DX人材育成成功のためのヒント
実際にすでにDX人材育成に取り組んでみたものの、上手くいかなかった企業もあるかもしれません。よくある失敗例から、成功のためのヒントを考えてみましょう。
事前研修による経営陣や管理職への目的周知
DXは企業変革のプロセスであるにもかかわらず、経営陣や管理層がDXに対して理解不足であったために頓挫する例は後を絶ちません。
こうした事態を避けるには、事前研修の場を設けて、DXの意義や具体的なゴールを周知するとよいでしょう。部署の垣根を超えたデータ利活用、小規模プロジェクトから組織横断的なプロジェクトへの拡大など、一貫性のある取り組みが可能になります。
単なるシステム導入や、一時的なデータ収集といった表面的な成果にとどまらず、真の変革を実現する原動力が生まれるでしょう。
国や自治体による助成金・補助金制度の活用
「予算不足でDX人材の育成まで手が回らない」という企業もあるかもしれません。国や自治体が企業のDXを支援する助成金・補助金制度はチェック済みでしょうか。
例えば中小企業庁の「IT導入補助金」はITツール導入経費の一部を補助するもので、eラーニングの導入などにも申請可能です。
厚生労働省の「人材開発支援助成金」は、企業が従業員のスキルアップにかけた経費や期間中の賃金を助成する制度です。
また東京都も「DXリスキリング助成金」として、従業員のスキルアップを目指し研修を実施する都内の企業に対し、助成金を支給しています。
これらの制度を社内のDX人材育成に積極的に活用しましょう。
成功事例の収集
国や地域の商工会・商工会議所、民間企業で、DX人材育成の成功事例を数多く公表しています。近しい業界や業種、規模などの事例を参考に、自社でも生かせる施策がないかどうかを検討してみるのもよいでしょう。
参照できるページ
・東京商工会議所…中小企業のデジタル活用・DX事例集
DX人材育成の成功事例3選
最後に、DX人材育成に成功している企業や自治体の具体的な事例を3つ紹介しましょう。
【製造業】アシックス
アシックスは、世界に向けてスニーカーなどのスポーツ用品を製造販売しています。
同社は世界中の複数拠点で高度なスキルを有するDX人材を配置し、全社員がデジタルを学べる環境を整えています。
近年ではECサイトの拡充やレース登録サイトの運営、スポーツ愛好者向けアプリの開発、社内システムやデータの統合などに注力。絶え間なくデジタル施策を続けています。
この結果同社は、経済産業省と東京証券取引所が認定する「DX銘柄」で、「DXグランプリ2024」に選ばれました。
【海運業】日本郵船
1885年設立という老舗企業である大手海運業・日本郵船は、2019年から中期経営計画の柱の1つに「デジタライゼーション」を掲げてDXに乗り出しました。
特に人材育成に注力し、育成プログラムを用意。入門編であるデジタルツールの研修から、デザイン思考のワークショップ、DXの具体的な案件、高度な教育プログラムまで網羅しています。このほかさまざまな方法で社内にDX文化を醸成しました。
結果として、同社も「DX銘柄2024」の1つに選定されました。
【自治体】石川県金沢市
最後は企業と同じくDXが急務の、自治体・石川県金沢市の事例です。
同市は2021年から、一般事務職員約2,000人を対象にデジタルリテラシー研修を実施。さらにデジタル化のリーダー人材を2025年度までに100人育成し、全課への配置を目指しています。
加えてnote(企業や著名人も活用するメディアプラットフォーム)で「行政DX」の取り組み内容を発信しており、注目を集めています。
日本は諸外国と比較して企業DXが進んでおらず、その要因はDX人材不足にあることを解説しました。しかし一見DXが難しそうな老舗企業や自治体においても、着実に成果を上げている事例が存在します。
社内のDX人材育成への足がかりに、当社の研修プランを取り入れてみてはいかがでしょうか。企業の課題に合った、知識・経験豊富な講師をご提案いたします。お気軽にご相談ください。
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