子どもの脳に必要なこと

篠原菊紀 しのはらきくのり

公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科教授

想定する対象者

保護者(乳幼児~小学生低学年の子どもをもつ親)

提供する価値・伝えたい事

「キレ」たり、「はまっ」たりするのには、脳内物質の変化が関係しているんです!
最近何かと「キレる」子どもが話題になっています。そもそも、キレやすいとは、どういう状態かというと 衝動性が高く、我慢や切替えが難しいことをいいます。私達が何かを我慢する時、こめかみの4センチくらい上にある前頭葉背外側部という場所からGABA(ギャバ)という化学物質が分泌され、動きや考えを止めることができるのですが、キレやすい子どもはここの働きが悪いんです。さらに、突然暴れだしたり、過剰におびえたりする子どもは、「怒り」「おびえ」をもたらす
ノルアドレナリンの分泌が高く、「幸せ」「癒し」のセロトニンの分泌が低いことがいろいろな実験で証明されています。セロトニンはノルアドレナリンやドーパミンを調整する役割を持っていますから、この分泌が少ないとなるとキレたりするのは当然の結果といえるでしょう。

どうして、このような脳構造になってしまうのでしょうか。原因としては、遺伝子、育ち方、環境ホルモンの3つが考えられます。まず、「遺伝子が原因」というのは、「キレやすい」ものだけではなく、例えば、「内向的」「はまりやすい」「優柔不断」「やたらと元気」…といった特性がありますが、これはいってみれば『脳の癖』です。私達の脳には、もともとこうした癖を持った遺伝子が存在しているんです。人によって持っている遺伝子はそれぞれ違いますが。このいくつかの遺伝子群が環境や周囲の人、さらには自分自身との関係に刺激されながら互いに作用し合って、はまりやすい脳やキレやすい脳を作り上げていくのです。脳の癖のおよそ約6割が遺伝です。ですから、脳の問題は、まずは遺伝子の問題として捉えて、その後で人間関係や社会に原因を探っていくべきものなのです。もっとも、脳は刺激に対して非常に敏感ですから、環境によってある癖が強まったり、癖の性質そのものが変化したりということはあります。

次に2番目の「育ち方」というのは、具体的に説明しますと...
先程、セロトニンは「幸せ」や「癒し」の物質といいましたが、子供の頃に十分な愛情をもらえずに育つと、このセロトニンの分泌機能が発達しないといわれています。特に赤ちゃんは、母親と一緒に過ごし、愛情を注いでもらうことによってセロトニン系を育んでいきます。しかし、日本は高度成長期以降、核家族化や地域社会の崩壊が進み、時間をかけて子育てをすることが困難になっています。結果、セロトニン分泌機能が充分でない子どもが増えたのではないかと考えられます。それに、子どもの遊び方の変化も、要因の1つです。昔は子どもが「遊ぶ」といえば、仲間と外を走り回っていたものですが、最近はあまり見掛けません。少子化やテレビゲームの凄まじい普及によって、「内遊び」「1人遊び」の傾向は加速される一方です。しかし、体を動かすことは「集中」のノルアドレナリンや「やる気」のドーパミンの分泌を増し、脳の発達には非常に重要なことなんです。また、大勢で遊ぶことは、コミュニケーション能力や人間関係から生じるストレスの対処法などを学ぶことにもなり、セロトニン系を育てることになるんです。 親はできるだけ子どもと接し、さらに外で友達と遊ばせることが、健全な脳の発達に欠かせないということです。

3つ目の「環境ホルモンの影響」とは、人間が本来持つホルモンによく似た化学物質のことです。これが体内に入ると、脳に深刻な影響をもたらします。知能指数の低下、注意力・集中力の低下、衝動性・暴力性の高まり…。特に胎児にとってはごく少量でもかなりの影響力があります。注意力が散漫で、やたらと動き回ったりする症状を、ADHD(注意欠陥・多動性症候群)といいますが、このADHDの原因の一つに環境ホルモンがあると指摘している学者もいます。実際に、アメリカの子供の約5%がこのADHDで、今も数は増えているという調査結果が出ており、日本でもキレる子供や学級崩壊には、これが影響しているのではないかといわれています。 元来、子どもというのは落ち着きがないのが当り前です。よく動き回っている時は「やる気」のドーパミンが過剰に出ている状態でもあるので、うまく作用すれば、自発的でやる気
のある「大物」ということになりますが、バランスの悪い出方が続くと、反社会的人格障害に発展する可能性もあります。

しかし、冒頭にも申しましたが、脳についてこれだけ科学で解明されるとなると、この人の脳にはあれが足りない、これが足りないと分ってきて、少し寂しい気がしますが、そんなことはありません。なぜなら脳はその段階で止まっているのではなく、絶えず変化していくからです。何かが足りないと分れば、それを補おうとさらに変容する。新たな刺激や発想さえあれば脳はいくらでも変ることができます。極端な話、今、「脳が変化に対応できる」ということを知っただけでも、脳にしてみれば凄い変化が生じて来ます。その変化によって、新たな「知識」が生れ、これまでにない思考や行動を導く…。そう考えると“心の科学”も、寂しいことではないのかもしれません。

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