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焼夷弾が降り注いだ街で生まれ育った落語家として
~東京大空襲夜話 おぶわれ逃げた火の海~

柳家さん八 やなぎやさんぱち

落語家

想定する対象者

小・中・高・大学生
一般市民
戦後60年以上が過ぎました。
東京大空襲も原爆と同じく数え切れない命が奪われたのに、世間の関心は薄い。
一夜にして奪われた10万人以上の命。
生存者が減り続ける中、惨禍を語り告ぐことで戦争を考える若い人が出てほしいと願います。

提供する価値・伝えたい事

戦争の話を落語の「ネタ」にしていいのか?
聞いて楽しんでもらう落語に、生々しい真実をどこまで盛り込むか・・・試行錯誤しながら作りました。

噺の中で、橋のたもとで泣かなくなった子どもを心配する場面があります。
そこで、父親は「今、死なせるわけにはいかねえんだ。20歳になってお国のために死んでもらわないといけねえ」と言います。そして、当時の若者も「自分の人生は20年で終わる。聖戦のために死ぬんだ」と信じていました。
異常です。でも、その異常を正常と錯覚させるのが戦争なのです。
戦争は、戦地も銃後もなく、誰もが犠牲に追いやられる恐ろしいものです。

焼夷弾が降り注いだ街で生まれ育った落語家として、語り続けたいと思っています。

内 容

1945年3月10日。
空襲警報が鳴り響く中、現在の江戸川区平井地区の長屋で暮らしていた夫婦が、足の悪いおばあさんと乳飲み子の男の子をおぶって、火の海となった夜の街を逃げ惑っていた。

防空壕も一杯で入れず、4人は、約1キロ離れた旧中川の鉄橋・中川新橋にたどり着き、ようやく命拾いする。
実は、このおぶわれた男の子が、私です。

*落語(40分~50分)+講演(40分~50分)の構成です。

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