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紙ふうせん
かみふうせん

歌手

紙ふうせん

歌手

フォーク・グループ赤い鳥の解散後、元メンバーの後藤悦治郎と平山泰代で1974年に結成。関西に拠点を置き、元同僚のハイ・ファイ・セットとは対照的にフォーク的抒情を追求。1977年「冬が来る前に」がミリオンセラーの大ヒットを記録。現在もライブ活動を活発に展開中。

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講師ジャンル
社会啓発 環境問題
文化・教養 文化・教養

紙ふうせんのプロフィール

■プロフィール
1970年 「赤い鳥」のメンバーとしてプロデビュー。
1974年 「紙ふうせん」として後藤悦治郎と平山泰代の二人で活動を開始、現在に至る。
2024年 俳句とエッセイ本「紙ふうせん 歌を紡いで50年」出版。
2025年 新曲CD「ふるさとを愛する」リリース。
2026年 結成52年目となる。
黒田三郎の詩に曲をつけ、歌い続けている楽曲「紙風船」よりグループ名をつけた。会場のお客様の暖かい息でそっと打ち上げてもらおう、自力と他力の出会いを大切にしようと名前どおりの活動を展開している。あの名曲「竹田の子守唄」、青春のスタンダード曲「冬が来る前に」、会場と一体になって歌う「翼をください」「紙風船」、バラードやアップテンポのオリジナル曲など、レパートリーは広く、アコースティックサウンドを中心に、コンサートを続けている。「紙ふうせん」が目指す歌づくり、ステージづくり、TVやラジオ番組や新聞コラム、エッセイ等から放出される『生きざま』は、今日、同世代(団塊の世代)の人々ならずとも、次世代、次々世代にまで歓迎されるものである。
■平山泰代
1947年広島県生まれ。尼崎市育ち。明るいキャラクター。七松小学校時代は、モダンバレー、絵、算盤を習い、大阪朝日放送「ABC子供コーラス団」のオーディションに合格。立花中学校・兵庫県立尼崎北高校時代は、歌、ピアノのレッスンに励み、学校ではコーラス部に所属。高校3年生で、後藤悦治郎とクラスメイトとなる。武庫川女子大学時代は、声楽学科でクラシックを学ぶ。大学3年生で、アメリカンフォークソングに惹かれてゆく。
1967年 後藤悦治郎と再会し「フォーク・デュオ」結成。
1969年 「赤い鳥」結成。「第3回YAMAHAライトミュージックコンテスト」でグランプリ受賞。
1970年 「赤い鳥」でプロデビュー。 1974年「紙ふうせん」として活動、現在に至る。
デビューから55年余り、暖かいハートフルな歌声で、観客を魅了している。
■後藤悦治郎
1946年、兵庫県生まれ。尼崎市育ち。開明小学校時代は、尼崎市の巡回図書館のバスで、毎週日曜日に市内の公園を巡り、歌を歌って図書の普及に一役買った。兵庫県立尼崎北高校時代は、「P.P.M」の音楽に出会い「P.P.M」に手紙を出し「Merry Xʼmas」の返事を受け取る。「P.P.M」のハーモニー、ギターワークに魅せられて、P.P.Mの歌のコピーを始める。高校3年生で、平山泰代とクラスメイトとなる。京都外国語大学時代は、P.P.Mスタイルのバンド「フーツ・エミール」を組み、TBSのコンクール(コロンビアレコード)で2位獲得。
1967年 平山泰代と再会し「フォーク・デュオ」結成。
1969年 「赤い鳥」結成。「第3回YAMAHAライトミュージックコンテスト」でグランプリ受賞。
1970年 「赤い鳥」でプロデビュー。1974年 「紙ふうせん」として活動、現在に至る。
デビューから55年余り、「赤い鳥」「紙ふうせん」のリーダー・作詞作曲・プロデューサーとして活動を国内外で展開。夢の実現への行動力は、非常にスポンテーニアス。

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環境問題 + 環境「ふれあいトーク」

文化・教養 + 紙ふうせん~ふれあいコンサート

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